※「愛されたかった」の続編
※あくまで音トキです









 音也は私にないものを持っている。私が欲しくても手に入らないものを持っている。憎くて妬ましくて疎ましくてならなかった。なのにその手を欲していた。その手が私に触れて、大丈夫だと、根拠のない言葉を聞くだけで私は救われていたのだとまた気づいて泣きたくなった。
 バスルームの一件以来、音也と会話することはなかった。増えた仕事は私の自由を奪う。仕事とプライベートは割り切っているつもりが音也のことが頭から離れず、頭が弾けそうだった。私がこんなに音也のことを考えている間も音也はクラスメイト達と楽しそうにしていてきっと私のことなんて考えない。音也にとって私はただのルームメイトなのですから。その当たり前のことが胸の苦しさに繋がる。私だけが音也のことを特別視している。それが罪悪感までも掻き立てる。音也にとってこんな私は不快でしょう。ただのルームメイトには重すぎる。忘れてしまわなければ。あの唇の感触も全て。
 仕事を終え、寮に着いたのは午前2時を回っていました。二日振りの寮です。この時間では音也は眠っているでしょう。今の私にとっては好都合です。静かに扉を開けて音を立てないようにして部屋に入ると明かりは消えていて、やはり音也は眠っているようです。忍び足で自分の専用スペースにまで進み手明かりにデスクのスタンドに明かりを点す。私も明日に備えて早く眠りましょう。
「トキヤ、お帰り。」
 荷物を床に置いた瞬間に音也の声が聞こえて心臓が硬くなった。返答を返すことも出来ず私はそのまま聞こえないフリをして上着を脱いだ。
「よかった。今日は帰ってきてくれたんだ。」
 きっと笑顔なのだろう声が響いて胸が痛くなる。音也にとって、私は本当になんでもない存在なんですね。キスをしても無関心。水をかけられても無関心。私などの言動では何一つ動揺しない。
「俺、トキヤを待ってたんだよ。この前起こらせちゃったからさ。」
 私が例え音也を殴っても音也は変わらない風で声を掛けるでしょう。無関心。私がどれだけ音也のことを考えても音也は私だけのことなんて考えもしない。背後でベッドが軋む音と床を裸足で歩く音。
「ねぇトキヤ聞いてる?」
 声が近くなって肩に腕が回される。それから覗き込む赤い瞳。全くいつもと変わらない、明るい笑顔と体温。
「トキヤーまだ怒ってるの?」
 私はこんなに普通ではないというのに。この温度差はなんなんでしょう。私ばかりが考えすぎて私ばかりが音也を、思いすぎて、私ばかりがつらい。
「…その気もないクセに馴れ馴れしくしないで下さい。」
 音也の後頭部を抱き寄せて唇同士を強引に重ねる。逃がすつもりはない。腰を掴んで体を密着させる。私より少し低い体温が伝わって苦しい。唇が思っていたよりも柔らかくて何度も吸い付いた。抵抗がなかったのは数秒。状況のローディングを終えた音也が私の肩を強く押し返すのを力ずくで抑えこんで床に押し倒す。音也の頭骸骨が床にぶつかった音がして痛そう、と思いながらも隙なく音也に跨がっての胸倉を掴む。
「私は、貴方が欲しい。」
 欲しくて欲しくて堪らない。音也に私を見て欲しい。音也の存在を感じたい。どうしてこんなに音也を求めるのでしょう。
「音也が、欲しくて仕方ありません。」
 そう告げたら目の前が濡れて瞳からボロボロと涙が落ちた。音也の頬が濡れて饒舌な音也は一言もしゃべらず瞳には戸惑いだけを滲ませていた。
「…わかったら以降、私には構わないで下さい。」
 このまま、体まで奪ってしまいたかった。けれどその瞳を真っすぐ見てはできなかった。胸倉から手を離して立ち上がる。邪魔な涙だけを拭って、早く眠ろう。もう音也は私に近づかないでしょう。中途半端に構われて関心のなさに傷付くくらいなら、一層もう私なんて見ないで欲しい。
「やだよ。」
 音也が言った。
「トキヤ泣いてんじゃん。」
 その声が好きです。
「なんで泣いてんの。」
 貴方のそのバカなところが堪らなく好きです。
「俺、トキヤを泣かせたくて待ってたわけじゃないよ。」
 私を期待させて裏切るのに、どうしても好きなんです。
「貴方はバカなんですか。」
 本当にバカです。私だけを見てなんてくれるわけないのに期待しないでいられない。
「そりゃトキヤより頭は良くないけど、友達泣かせて放っておけるほどバカじゃないよ。」
 友達だと。言われて胸が痛みました。他の友達と一緒になんてされたくない。ほら私が音也に何をしても音也は何も感じない。変わらないんです。
「嫌いです。」
 せっかく拭った涙がまた溢れてきた。
「嫌いなのに貴方が好きです。貴方が欲しい。触れたい。貴方に私のことを認めて貰いたい。」
 膝が立つことをやめて床に崩れた。なんて情けない。いつからこんなに涙脆くなったのだろう。こんなこと言っても音也を困らせるだけだとわかっていた。だから今まで言わなかった。
「トキヤ。顔見せて」
「嫌です。」
「何でー?いいじゃん。」
 よくないと返す前に音也が顔を覗き込んだ。濡れた顔を見られて恥ずかしくてならない。そして音也はやはり笑っている。
「トキヤ。キスしたい。」
 その言葉を一瞬理解できず固まった私に返事する間も与えず音也の唇が私の唇に触れた。
 二度目の音也からのキスは少し苦かった。




111005
続編「好きだよ
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