※あくまで音トキです







 彼に対して私は劣等感ばかりが溢れて死んでしまいそうだ。生まれ持ったものが違う。立つステージが違う。始めから主人公として選ばれた彼に嫉妬している。私はどうして彼に敵うだろうか。
「トキヤが誰より努力してるって知ってる。」
 彼は明るいその声を私にだけ向けて微笑む。どうしてこんな事を言うのだろう。
「俺は頑張ってるトキヤが好きだよ。」
 そうして私は、初めて演技ではないキスを受けた。

 HAYATOのドラマ出演が決まり、更に学園に居る時間は短くなった。それがよかったのかも知れない。音也と会わなくて済む。芝居では何度もしたキス。何も特別なものはなくて、愛情表現の手段とはこうも浅いものなのかと思った。愛のある関係に私は憧れていたのかも知れない。HAYATOに向けられる愛情を愛情とは感じられずHAYATOが愛されるほど私は渇いていったのだから。私はだれかに私を、一ノ瀬トキヤという人間を愛してほしかったのです。その願いに気付かせたのは音也で、音也は何も知らない明るい瞳を輝かせて私を見る。それが私はつらくてならなかった。あれから数日、仕事の合間にもどうしても音也の事ばかりが脳内を巡りじわじわと胸の奥が熱くなる。私はきっと、おかしい。音也に会う勇気がなかった。
「あ、トキヤおかえり。」
 私を迎えたのはいつもの声。ベッドで雑誌を広げながらスナック菓子を頬張るだらしない男。ぼろぼろとこぼれた菓子の屑の中で眠ることも菓子の油がついた指で雑誌をめくることも私には理解できない。だがしかしそういう男です。私は彼から目を逸らし、けして顔を見せないようにしてバスルームに逃げ込んだ。やはり、帰らなければよかった。彼の姿を見ただけで心拍が乱れる。そうしてプレイバック。確かに唇と唇が重なった。忘れてしまえばいいのに忘れられない。頭から熱いシャワーを浴びながら息を吐く。苦しい。どうして私が苦しまなくてはならないのでしょうか。音也相手にどうして。
「トキヤー、入っていい?」
 私が返答する間もなく扉が開く。そちらを向けば裸の音也がへらへら笑いながらバスルームに入って来た。
「…なんのつもりですか。」
「いやー久しぶりにトキヤに会うから背中流してあげよっかなって。」
「いりません。即刻出ていってください。」
 やはり彼とは考えも習慣もタイミングも何もかも合わない。まるで宇宙人と会話している気分。久しぶり、がどうして一緒にに入浴することになるんです。
「遠慮しなくていいよ。俺、人の背中洗うの得意なんだよね。」
 彼は私の話を聞かずに役に立たなさそうな特技を紹介して私を無理矢理椅子に座らせる。振り返ればすでに音也の手には泡だらけのスポンジがある急展開。
「なにを考えているんですか。音也、あなたはいつもどうしてそう」
「トキヤ、ごめんね。」
 彼の口かららしくない謝罪を聞いた時に私の背中は泡だらけでした。音也のスピードに追いつかない。謝るくらいならどうして背中を流すなどと言い出したのですか、と唇が震える前にまた音也が口を開く。
「マサにさ、怒られたんだ。その…こないだトキヤにキスしちゃったこと。」
 背中に程よい力を感じて、音也は本当に背中を流すのが上手いのだと思った。
「勢いですることじゃないってさ、俺、熱くなったら止まらなくなっちゃう所があって、考えもなしにあんなことしちゃってさ。」
 眉を垂らして唇を尖らせて情けなく、おどけるように笑う音也と目が合った。
「本当にごめんね。」
「出て行って下さい。あなたの顔も見たくありません。今すぐ消えて下さい。」 音也の顔にシャワーの水を掛けて言った。どうしてそんな行動に出たのかわからない。けれどその謝罪を聞いた途端体中が壊れる寸前の音を立てた。身体が勝手に動いた、と言うのが近い表現かもしれない。
「…っトキヤ。」
「早くして下さい。」
 私の名前を呼ぶ。その声がまた私の身体を軋ませた。早く消えて欲しい。音也はまた小さくごめんねと言ってバスルームから出て行った。
 扉の閉まる音を聞いて手の平からシャワーが落ちる。胸が痛い。さっきよりもずっと。やはり帰って来なければよかった。一層、彼になんて出会わなければよかった。気づいた時には後悔しかない。私が欲しかったのは謝罪ではありません。この数日、何度思い出しても私は一度だって音也を責めようとは思わなかった。音也に会うことが怖いだなんて嘘です。怖かったのは、私の本心が暴かれてしまうこと。彼はいつも私の事を見抜いてしまう。そして認めて笑う。それで、私は、私という人間がいるのを知ることができた。音也に、私を見て欲しかった。音也なら私を見てくれる気がして。どうしてあんな男に期待するのでしょう。よりによって。私は彼に愛されたかった。




110930
続編「二度目の
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