※「それが最善だから」の続編
※未来捏造。









 父上が床に伏してからオレの生活は多忙に輪を掛けて多忙になった。芸能界を引退するに当たって仕事を詰め込む形になり、また社長就任の為の様々な手続きが睡眠時間を削り食事の時間を削り、一週間で体重が5kg落ちていた。アイドルとしての聖川真斗にはあってはならないことだが、これからは必要のないことだ。そればかりか忙しくて良かったとさえ思った。一秒でも何か考える時間があれば、好きな歌を辞めてしまうこと、そして最愛の恋人に別れを告げたことを後悔してしまう。それではならないのだ。
 病床の父上は随分と小さく見えた。呼吸が細く、オレの声にもほとんど反応しない。真衣はずっと父上の側にいたが泣きもせず、オレに笑顔を向けていた。
「真衣がちゃんと見てるから大丈夫だよ。」
 そう言って笑っていた。真衣も聖川に生まれ、自分が為すべきことをわかっている。ならば嫡男であるオレが、決断しなくてはならない。聖川を継げるのはオレだけだと、始めからわかっていたのだ。
 アイドルとしての最後の仕事はよりによって、レンと一緒に出演している深夜番組の収録だった。既にオレの代役は決まっており翌週からはレンは違うアイドルと一緒に出演する。レンは器用な人間だ。オレと違い、立ち振る舞いも上手い。きっと何事もなかったように今日の収録も終わるだろう。オレがしっかりしなくては、あの日、オレの申し出を受け入れてくれたレンの気持ちを無駄にしてしまう。それなのにレンに会うというだけで頭が痛い。なんてオレは弱い男なのだろう。
「聖川。ラストもよろしく頼むよ。」
 レンはアイドルの神宮寺レンとしてアイドルの聖川真斗に元気良く声を掛けた。アイドルとしての最後はきちんとそして誠実にファンに応えよう。1年も続けた番組出演は緊張もなく、その場の空気が心地いい。アドリブでの発言もスムーズで共演者たちとも笑顔でやりあえる。収録は無事に終了し、共演者、スタッフ全員に礼を述べた時だった。レンと一瞬目が合ってぐらりと足元が揺れた。
 あの青い瞳をオレの物にしてしまう前、たくさんの女性を虜にしてきた。でもあの瞳に映るものをもうオレに制限する権利はない。これからまた、幾多の人間を虜にしていくのだろう。あの腕がまた女性を抱くのだろう。オレの知らない所で知らない人間と身体を重ねるのだろう。オレは来年にはまだ顔も知らない女性と結婚するというのに、自分勝手だな。けれどレンの全てを一生自分の物にしておきたかった。叶わないが、そう思っていた。
「真斗!」
 レンの声が聞こえてその腕に抱きしめられた。夢だろうか。本当にオレは情けないな。
「お前、今体重は?」
「…先週は59kgだったか…」
 そうだあれから体重も量っていない。食事する時間がない為、恐らく更に落ちているだろう。
「…悪いが誰か、救急車を呼んでくれるかい。」
 レンは何を言っているのだろう。頭が痛い。目の前が霞む。オレは泣いているのだろうか。レンに抱きしめられるなんて夢と決まっているのに。

 気が付くと白い天井と白い壁、白いシーツに包まれていた。側にいたじいがオレが目覚めたのに気付き感激に声を上げた。それから収録後にオレが倒れたこと、半日眠っていたことを伝えた。あのレンの腕はやはり夢だったのだろうか。現実との境目が付かないまま、数日ぶりの睡眠で少し軽くなった身体を起こした。
 これからは聖川のトップとして生きていかなければならないのだからこんなことで俺は止まる訳にはいかない。まずはこの眠っていた間のスケジュールを取り戻さなければ、…そう思うのに。
 頭に浮かぶのはあの端正な顔。耳に残る甘い声。上品な香りと優しい腕が蘇って肩が震えた。
 じいが俺を呼ぶ。けれど俺は返答できずに頬を濡らした。

 レン、お前に会いたい。





111112
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