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 戦うすべが無いわけではなかった。ただ、この世界でもそれを呼び出せるのかが不安だっただけで。仮にあれを再び振るえるとして、そうしたら私はもとの世界へ戻る道筋を得てしまうような気がしていたのだ。もとの世界の、化け物じみた刀をひとふり。たったそれだけ、されどそれだけのことで、いとも簡単にもとの世界に戻れてしまうのではないかと。戻るには、私はこの世界に長居しすぎた。大切なものが出来てしまった。だからいつしか私は、それのことを考えないようにしていたけれど…今回ばかりは、そうもいかない。
 日に日に病に蝕まれていくイオンに懇願されたのだ。二人で外へ行きたい、と。私は二つ返事で了承した。もしそのことで教団に咎められても私には関係の無い話だ。彼のために死ねるのなら本望なのだから。向かった先は人気の無い野原だった。名前は分からないものの色とりどりの花が咲きこぼれていて、私たちは自然と頬も緩む。……そんな中だった、魔物が、私たちを取り囲んだのは。
「僕が時間を稼ぐから、そのうちに名前は逃げてくれ」
「何を言うのですかイオン! そんな身体で譜術を使っては、後々どう響くか……!」
「僕にも男らしく、大切な女の子を守らせてよ。名前は僕が守る。それに……こんな雑魚、僕の敵じゃない」
 イオンは自分が戦うと言って聞かないのだ。今譜術を使えば身体がもたないことなど自分が一番よく分かっているだろうに。しかし反面、そうまでして私を思ってくれていることに優越感のようなものを感じたのも、確かだった。私はイオンに大切にされている。その事実が、どうしようもなく、嬉しい。だから――
「……Yetzirah」
 今まで頑なに呼び出すことを避けていた最終手段にして最強の武器を、手にすることに決めた。
「Eins Prinzessin Kranich」
「名前!? 一体何を……」
 これでイオンを守ることが出来るのなら、私は喜んで刀を振るおう。再び終わることの無い戦禍に飲まれよう。私はきっと、こういう運命にあるのだ。預言などではない、ただひたすら誰かを思って魂を糧に戦い続ける定め。誰かが作り上げた誰かのための舞台装置。
「イオン、下がっていてください。私があなたを、守りますから」
 だから力を貸して、忌々しい聖遺物ーー私を黄金に縛り付けた姫鶴一文字。


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テーマ「人外ファンタジー」
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