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 私が彼を埋めるほどの何かを持ち得ているだなどと、自惚れたことは思っていない。そもそも彼にしてみれば私は忌まわしい存在でしか無いのだろう。私はイオンに拾われただけで、イオンの影に潜む世界の裏側、表に出るべきではない人間。だからこそイオンは私を側に置いてくれたし最期まで私の名前を呼んでくれた。名前。イオンの唇が震えて、私の名前が紡がれるあの瞬間が、私は好きだった。例えもとの世界に帰ることが叶ったとして、私は天涯孤独の身で生きていくより他無いのだ。だから私はこの世界でイオンのために生きると決めた。もう誰も私に無償の愛を注いでくれることの無い非情の世界で、彼だけを愛すると決めた。なのにイオンはそれを拒み、言ったのだ。私には私の未来があるのだから僕に縛られないで自由に生きて欲しい、と。とても預言を詠んでいた導師とは思えない発言だった。私という存在が彼をそうした考えに導けたのだとしたら、それはやはりイオン、彼のお陰だ。彼は彼自身の善行に救われたのだ。私は彼の優しさを享受していただけであって何一つ、私自身から彼に与えることの出来たものなど、ないのだから。それでも。もし、もしもイオンが私と過ごした日々を幸せだと感じてくれていたのなら、それは私にとってもこの上ない幸福だった。
 だから彼の遺した言葉には出来る限り従いたいと思っていた。イオンがいない今、私にとって世界は色の無い無機質なものであるし、世界にとって私は塵よりも軽い命でしかないだろう。それでも私は生きている。イオンがいたこの世界を、私はまだ生きていたい。
 仮面の少年は何も言わない。私も何も言わなかった。夜風は冷たく私たちの肌を撫で付ける。ねぇイオン、私はこんな風でさえ、あなたと感じることが出来たなら幸せだったと思っている。私の世界は恐ろしいほどイオンで構成されていた。きっと彼ーー仮面を纏う彼にしてみれば気持ちの良いものでは無いだろう。私は彼を通してイオンを見ている。否定のしようの無い、事実だ。私は彼にイオンを重ねている。
「……嘲笑えば良いよ、僕のこと。あんたが僕を代用品にしようとしてるのは知ってる。でも僕は……例え代用品でも、生を望まれたことが嬉しかった」
「私の話、聞いておりましたか? 酷いことを申しているという自覚はあります。それでもあなたは……」
「愛してくれるんだろ、僕を。代わりでも良い、僕を必要としてよ。僕はあんたを愛するよ。僕だけのものになってくれるんだろ、僕だけを写す僕だけの、」
 都合の良い、おもちゃだ。
 私は笑った。何かを想って微笑んだ。私はもう、誰かにすがることでしか生きていけないのだ。家族を亡くして、悲しむ間も無くここへ来て、そしてイオンの影にひっそりと佇みながら、イオンを私という存在でがんじがらめにしてきた。イオンがいなくなり、彼が私に自由な生を望んだとしても、結局行き着く先は歪なものでしかなくて。私はこれから彼が死ぬまで彼を愛するだろう。早く死んで欲しいと思うと同時に死んで欲しくないといい気持ちもまた、私の中を駆け巡る。ねえイオン。多分私は、彼が死んだら今度こそ私も死ぬと思う。そうしたら、死後の世界があるのなら、次こそずっと、永久に――


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テーマ「人外ファンタジー」
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