戦うためにはそれ相応の舞台装置も必要だ。デッキを握りしめて覚悟を決めた瞳を光らせているなまえの前にそれを差し出した時、心に鈍い痛みが走らなかったと言えば嘘になる。

「隼も瑠璃も、ユートも。こんな重いものを抱えて、戦っていたんだね」

 俺から受け取ったそれを大事そうに抱えて瞳を曇らせたなまえの姿に、やはり俺は鈍痛を覚える。彼女の言う重さとは物理的な重さではないだろう。これは勝者と敗者を決定するための公平な判断基準であり、そこに至るまでの舞台装置である。ある意味ではこれもまた武器の一つと呼んでしまって差し支えは無かった。デッキだけではデュエルは出来ない。デッキを行使するためのデュエルディスクが無ければ、幾ら強いデッキと技術を有していようとも、勝利の恩恵を得られないのだ。
 それ即ち、敗者を瞬く間にカードへと変えてしまう機能を持つ、恐るべきシステム。
 俺たちの勝利は全てそこへと帰結する。敗けた者はカードとなり、生命を半永久的に封じ込められるのだ。これがある限り俺たちの仲間は捕らわれ続けるし、そして俺たちはアカデミアに対抗する手段を得ることが出来る。勝てば良いのだ、アカデミアの全ての人間に。敵を残らずカードにしてしまえば、これ以上ハートランドが侵略されることもなくなる。――それが途方も無い難題であることには目を背けながら、俺たちは日々足掻き続けている。
 なまえはこれまで戦う術を持たない、守られる立場の人間だった。しかし彼女が戦いに何も貢献していなかったといえばそれは違うし、彼女は彼女の立場から出来る限りの抗戦をしていたのだ。それが、これからは変わってしまう。戦場に立つことは殺られる覚悟を持つことであり、同時に誰かを手に掛ける覚悟を持つことでもあった。彼女にそんな重責を負わせてしまって良いのか、彼女の優しい心は悲鳴をあげやしないだろうか、今更になってデュエルディスクを手渡したことへの後悔が押し寄せてくる。戦いたいというなまえの想いを無下に扱うことなど出来ないし、彼女の覚悟を否定する権利も俺には無い。ただ、心配だった。彼女に人が殺せるのか否かが。

「……隼」

 いつの間にか下を向いてしまっていた俺を覗き込むようにしてなまえが話しかけてくる。はっとして彼女の目を見れば、そこにはいつも通りの彼女でありながら、どこか違う雰囲気を纏ったなまえがそこにいた。

「心配かけちゃって、ごめんね。でも私は大丈夫だよ。皆が戦うところを、私はずっと見てきてる」

 ずっと見てきてる。なまえは力強くそう言い切り、デッキをディスクへと差し込んで構えて見せた。その表情にほんの少しの影も差していなかったと言えば嘘にはなるが、それでも彼女は穏やかに笑っていた。それはハートランドが戦場となる以前からの穏やかさでありながら、その頃のなまえとは比べ物にならないほどの確たる強さを垣間見せている。もう守られているだけの弱い自分では無いのだと暗に告げられているようで、俺ははっと息を呑んだ。

「それにね、隼にだけ全てを背負わせることなんて、出来ないよ」
「……背負っているつもりなどない、これは義務だ」
「ううん、隼だってまだ子供なんだよ。仲間が失われていく恐怖も、強大な敵と戦わなければならない不安も、一人で抱え込むには私たちは幼過ぎる」

 なまえの手のひらがそっと俺の両手に触れる。包み込むような彼女の体温に、自分の内に存在する緊張の糸が緩んでいくような、そんな感覚がした。彼女の前では戦地を駆ける兵士でいなくても良いのだと、まるでそう告げられているようで。
 デュエルで誰かを傷つけるなまえの姿を見たくなかった。優しい彼女がそんな危険なことをするのだと考えるだけで心配でたまらないし、彼女に何かがあったらユートに合わせる顔が無い。しかしそれ以上に、……いつも変わらずに俺の帰りを待っていてくれるなまえの存在を、失いたくなかったのかもしれない。彼女の元へと帰ってきたときだけは全ての重責から解放されたような心の軽さを得ることが出来る。彼女の居場所こそが俺の帰るべき場所であると思っていたから――つまりこの不安は、彼女を思ってのものではなかったのだ。
 彼女には居場所であってほしかった。これは俺のエゴだ。そこに彼女がいるから俺は頑張れるのだと、そう自分の中でルールを作って依存していた。彼女が戦場へ赴くことで、休息の地を失ってしまうような、そんな気がしていたのだ。

「怖くないって言ったら嘘になっちゃうけど、でもね。それ以上に皆のことが大好きだから」

 いつの間にか、なまえは俺の想像以上に強い人間になっていた。大事に大事に籠の中へと閉じ込めて、その微笑みをただ愛玩されるだけの存在では無い。
 瑠璃のために戦いたいと彼女は言った。ユートの分まで駆け抜けるのだと彼女は言った。誰かを傷つける覚悟も全て受け入れた上で、彼女は強くあろうと誓ったのだ。迷いを捨て去れないでいた俺よりも、彼女は強かった。しかしだからこそ――今度は俺が、彼女にとっての安息になりたいと、そう強く思う。

「だから、これからは一緒に頑張ろう?」

 仲間の前でだけは弱い自分でいられることが本当の強さであるのだと、なまえは俺に教えてくれたのだ。



20151004

新しい心臓をこの手に

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