※デフォルト名は咲島あさみ
※途中で終わってる
※設定可笑しい




目を覚ますと、そこはどことも知れない森林の中であった。

重たい頭を何とか持ち上げて辺りを見渡す。どこまで見ても木々が生い茂るばかり。しかし辺りを照らしてくれる外灯のようなものはなく、ほとんど真っ暗な中に辛うじて月の光が照らしてくれている程度だ。だから、ここがどこなのかは、森林という情報以外には引き出せないでいた。
一番新しい記憶を掘り起こしてみれば、あれは確か夕暮れ時の6時ごろか。夕焼けに染まる空を見上げながら家路を辿っていた。いつも一緒に帰っている友人は、そのときたまたま同行していなかった。家の用事だとかで、その日だけ一人で帰ることになっていたのだ。迎えに行くという親の好意を断り、一日だけなら大丈夫だと思って一人で歩いていた、その油断がいけなかったのだろう。ただでさえ子供だというのに、私は女だ。一人で暗い道を歩いていれば、恰好の餌食となる。一日くらい、その考えが甘かったのだ。出来るだけ人通りの多い道を使って帰っていた私だが、途中どうしても細く寂しい道を通らなければならなくなる。ポケットに忍ばせた防犯ブザーとフラッシュライトを確認して、その道へと踏み出した、その瞬間だった。突然背後から現れた何者かに両手を拘束され、声をあげようとすれば前方から現れた人物にスタンガンで攻撃されてしまった。味わったことのない強烈な痛みに晒される。痛いと言うことさえ叶わない、体中が悲鳴をあげて痙攣を起こす。びりびりとした、引き裂かれるような痛みに意識が朦朧としてきたところで、どこからか現れたもう一人の人物によって口をハンカチで覆われてしまった。まずい、そう思ったときにはもう遅く、意識は遠のいていった。
そして、今の状態に至るのである。私が女だということで手加減をしてくれたのだろうか、スタンガンの痛みはもう感じない。けれど、好ましくないこの状況を目の当たりにして、例のやつらを心の中で呪った。何で私が、こんな目に合わなくちゃいけないの。誘拐されるほど私の家は裕福ではないし、私自信が何かに利用できるかと言えば、私が学生である時点であまり有益な働きを得られないということは誘拐犯も分かっているはずだ。私に利用価値があるとすれば、部活で得てきたものたちだが、森の中では何の役にも立たない。私の身体、というのも考えられなくはない。だが、臓器を売り払うなり犯すなりといったことなら、何の拘束もしないで森に放置するとは考えにくい。他には快楽殺人やら外国に連れて行かれるやら色々と考え付いたが、所詮はただの学生の考えだ。最近では理解の出来ない犯罪も増えてきているし、狂人の考えを私が思慮できるとは考えにくい。ならば、まずはここから帰る術を考えるべきだ。不幸中の幸いか、先程も述べたとおり拘束の類は何一つされていない。傷のようなものもスタンガンでの件を除けば一切ないといっていい。私はフラッシュライトを使おうと、ポケットに手を突っ込む。あれは防犯グッズであると同時に、優秀な懐中電灯にもなるのだ。けれど、手に当たった感覚は細身のライトのものでも、防犯ブザーのものでもなく、携帯のようなものだった。携帯、何故ポケットに携帯が入っているという。登下校時は鞄に入れておくのが常なのに。鞄が見当たらない今、携帯は誘拐犯によって没収されたものだと思っていたが、わざわざ残してくれたのだろうか。その考えは、すぐに違うと分かることとなった。


「……PDA?」


それは、見慣れた携帯ではなく、手のひら大の携帯端末機器のようなものであった。今のご時世、このような機械はそこら中に出回っているから特に気に留めることもない、だが、私はこれに見覚えがありすぎた。
―――シークレットゲーム
多少形は違うものの、あのゲームに登場するPDAにそっくりなのだ。そういえば、と。思い出すように首に違和感を感じる。触れてみると、指先にひんやりと冷たい感覚。首を覆うように取り付けられたそれは、首輪と呼ばれる類のものであることは確かだった。PDA、首輪、そして誘拐。そこから思いつくのは、先に挙げたサスペンスアドベンチャーゲーム。13人の男女が一つの大きな建物に集められて、首輪を外すために殺し合いや騙し合いを繰り広げていくというもの。でも、まさか。あれはゲームの世界での話であって、現実にあってはいけないことだ。けれど、この状況は驚くほどあのゲームに酷似していた。
それでも、相違点は存在する。例えば、荷物。あのゲームでは所持品は鞄も含めて何一つ盗られていなかった。けれど今はどうだろう、制服のポケットに入れておいた防犯ブザー、フラッシュライト、生徒手帳、筆記用具、メモ帳などを除いては、何一つ残されていない。まず一つ、この誘拐方法に違いが見られた。次に、ここが屋外であるということ。あのゲームでは廃墟となった大きすぎる建物を舞台としていた。場所が全然違うということが、二点目。他にもPDAの形が違っていることなどが挙げられた。しかし、それ以外の点に於いては、あのゲームをそのまま現実にしたように思えてしまう。裏社会、というものが本当に存在するのかどうか、政界の裏側で何が行われているのか、そんなものわたしには分からないが、もしかしたらあのゲームに似たものが行われているのかもしれない。全てがドッキリだという可能性もなくはないが、最悪の場合を想定して動くにこしたことはない。これは、“ゲーム”だ。

PDAの電源をつける。液晶画面に明かりがともり、画面には時間が表示された。しかし、ゲームでは経過時間が表示されていたのに対し、このPDAに表示されていたのは現在時刻であった。ちらりと腕時計に目をやれば、同じ時刻が表示されている。どうやら、この表示に間違いは無いらしい。昨日、誘拐されてきたのが夕方6時ごろで、表示には04:15の文字。かなりの時間を寝ていたことになるが、まあそれは置いておこう。裏を返せば十分に寝た分、これからすぐに行動を起こせるということにも繋がるし、ゲームが本格的に始まる前に最善の状態でいれるというのは幸運だ。他のプレイヤーにも同じことが言えるのだが。
ぽちぽちとボタンを押していくと、画面に人、旗、地図の三つのアイコンが並んだ。まずはどこから見ていくべきか、首輪の解除条件を知るのも大切だが、ここがあの廃墟の中で無い以上、地形を確認することも大切だろう。私は迷わず地図のアイコンに触れた。すると、PDAには赤い枠線で25に区切られた地図と、現在地と思しき赤い光点が表示された。この光点は解除条件に関するものかもしれないが、今は保留にしておこう。表示された地図はどこかの村のようだった。周りを山に囲まれ、真ん中のあたりに集落がある。現在地はその集落に比較的近いが、山の中であることに変わりはなかった。縮尺にもよるが、これくらいの距離であればすぐに下りることも可能だろう。
次に、旗のアイコンに触れた。よく分からないが、ソフトウェアを入れたときなどに使うものなのだろうか。しかし、この旗のアイコンは、私の予想を大きく反れて、特殊機能、というものを表示した。PDAの特殊機能、というと、このPDAはジョーカーなのだろうか。特殊機能の説明に目を通す。『フィールド全体の動体センサーを使用できる』……これは、シークレットゲームでいうソフトウェアの効果が、特殊機能になっている、ということか、それとも、私の知るルールとは違い、全く違った機能がそれぞれのPDAに備わっているのか。何にしても、動体センサーが使えるのは好ましい。電池の消耗が気になるところだが、そこまで消費しない、と説明の隅に書いてある言葉を信じることにしよう。あまり使わないの方がいいは確かであるが。今は、使うべきではない。もう少し時間が経って、プレイヤーが行動し始めたら一度試しに使ってみることにしよう。
最期に、人のアイコンを選択した。大方、首輪の解除条件が書いてあるのだろうと思っていたが、私は思わず目を見張った。


「咲島あさみ、プレイヤーナンバー『Case』……? ケース?」


そこに表示されていたのは、予想とだいたい同じような内容であったが、私が驚かされたのはプレイヤーナンバーについてだ。私の知るゲームではトランプを模したPDAが13台存在し、その他にジョーカーのPDAが存在していたが、このPDAはケースだという。トランプを模して造られていないのかもしれない。一体このケースというのにはどういった意味があるのかは分からないが、今はこれも保留にしておこう。それよりも気になるのが、クリア条件、という言葉だった。解除条件、ではなく、クリア条件。このゲームはクリア条件を満たしても首輪を解除することが出来ないということか。厄介だ。厄介極まりない。そして、自分のクリア条件にも目を通す。


「クリア条件は……、『5時間以上行動を共にしたプレイヤーがクリア条件を満たす』……」


シークレットゲームでいう、JのPDAのような条件だ。殺し合いになるような条件でなかったことに一先ず安堵し、PDAの電源を落とした。まだプレイヤーたちが自らの置かれた状況を理解していないうちに、少しでも自分が有利になるような情報を得ておくべきだろう。まだこれがシークレットゲームのような“ゲーム”であると確信したわけではない。もしかすれば、自分のようにシークレットゲームを知る人間が集められてきているのかもしれない。けれど、どんな状況であれ、情報を持つ者は優位に立てる。情報が多ければ多いほど推測も可能になる。
再びフラッシュライトを手に立ち上がる。森の中とはいえ、足場は悪くない。空も大分明るくなってきたことだし、下山しながら探っていくとしよう。





*





30分ほど下りてきたところで、私は木の影に隠れるようにして置かれた立方体を見つけた。見つかりにくいように置かれた上に、見つかりにくいようにコーティングまでされたそれは、明らかに運営側が意図して置いたものだと分かる。今までにも監視カメラを幾つか発見してきたし、このゲームがシークレットゲームのように何者かの手によって運営されているのはほぼ確かとなった。
立方体に近付くと、ボタンのようなものがあったので、押してみることにした。爆弾等プレイヤーに危害を与えるものでないとも言い切れないので、長い木の棒を持ってきて、少し離れたところから、ではあるが。ボタンを押すと、爆発もガスも出ては来ず、そこにあったのは小さなソフトウェアのようなものであった。しかし、手に取って見てもツールの名前などは書いておらず、そういえばソフトウェアに似た機能はPDA個々に備わっていた、ということを思い出し、これはシークレットゲームで言うソフトウェアとは似て非なるものかもしれない、と仮定した。読み込ませることも考えたが、これが何であるか分からない以上は下手に弄らない方が良い。それに、この立方体の隠し方から見て、プレイヤーに簡単に見つからないようにしているのは明らかだ。つまり、プレイヤーに多く与えるつもりはないし、簡単にやるつもりもない、という運営側の意図が伺える。フィールド内にこれが幾つ存在するのかは分からないが、多く手にすることによって私が優位に立てるかもしれない。まだ時間はあるし、探しながら下山しても良いだろう。

しかし、まあ。考えてみれば色々と思うところはある。例えばルール。未だに私はこのゲームのルールを詳しくは知らない。シークレットゲームでは9つのルールがあり、プレイヤー同士で教え合うことで全てを把握することが出来た。しかし、このゲームにはそんな要素はないようだ。他にも、監視カメラが見つかりはすれど、ルール違反をしたときにプレイヤーを制裁するような仕掛けは見つからなかった。このゲームにはルールがなく、そのため仕掛けも必要ないのなら合点がいくが、まさかそんなはずはあるまい。と、なると、だ。ルールについては置いておいて、このゲームにはルール違反者を制裁する仕掛けが必要ないのかもしれない。つまり、制裁の手段は、キラークイーンと同じように首輪の爆破。今は大人しく首にはまっていてくれている首輪であるが、いつ恐怖の材料に変貌するかは分かったものではない。下手に弄るのはやめておこう。

そうしてまた山を下っていく。動体センサーを使いプレイヤーの現在地を調べることも考えたが、現在時刻は未だ05:03である。07:00くらいになればそれなりの効果を得られるだろうか。
こうして考えてみると、私は動体センサー以外にはあまり役立つものを持っていないことになる。防犯ブザーは敵にこちらの現在地を教えてしまう代物であるし、フラッシュライトは暗い夜道を歩いたり、敵を一瞬怯ませる程度の威力しか持たない。生徒手帳は他のプレイヤーとの自己紹介に役立つ程度だろうか。上新学園、まあそれなりの進学校である。生徒手帳をしまい、他に使えるものを考えたとき、真っ先に思い浮かんだのは、……自分の頭であった。自画自賛するつもりはないが、成績に関しては申し分ないと言えるし、所属する部活は頭をフル回転させるもの。流石に年上相手では何の役にも立ちそうにないが、同級生までくらいなら、頭脳戦で負けたりはしないはずだ。しかし、過信のしすぎもよくはない。運営側が私の頭の回転力を遥かに上回るプレイヤーを連れてきている可能性だって高いのだ。使えるだけ使って、けれどそうでも駄目ならば自分はそこまでの人間だった、ということだろう。何せ私には体力がない。人並みには持ち合わせているつもりだが、武道の心得があるわけでもなければ護身術を習ったことも、運動系の部活に入ったこともない。普通の女子でしかないのだ。シークレットゲームやその二次創作等で文面だけでの銃火器の扱い方は知っているが、実際に使ったことがなければ意味がないのも同然だ。シークレットゲームでいうところの麗佳に似た境遇である。

そんな思考にふけりながらも下山しつつ立方体を探していた時のことであった。突然PDAが鳴り出したのだ。電源はしっかりと切ってあったはずなのに。取り出して画面を見ると、旗のアイコンの下に手紙のマークがついていた。メール…だろうか。不審に思いながらもPDAに干渉してくるということは運営側からの連絡である可能性が高い。メールを開くと、そこには欲していたゲームのルールが記載されていた。


――ルールは大まかに分けて5つ。
1、プレイヤーには各自固有のPDAが与えられる。PDAに表示された『クリア条件』をゲーム終了までに達成せよ。ゲーム終了については後日通達される。
2、プレイヤーに装着された『首輪』を外してはならない。
3、ゲームのフィールドは区画分けされた複数のエリアから構成されている。プレイヤーは、制限されたフィールドから外へ出てはならない。
4、ゲームには複数のプレイヤーが参加している。他者のPDAの所有・使用は自由だが、クリア条件が成立するのは初期の配布されたPDAにのみ限定される。PDAは本来の所有者がリタイアした場合、その機能を停止する。
5、上記したルールに反しない限り、プレイヤーのあらゆる行動を許可する。また、クリア条件を満たせなかった場合、もしくはルールに違反した場合は、そのプレイヤーを失格とみなし、首輪を爆破する。


これはこれは、随分と物騒なルールである。予想はしていたが、これが現実になってしまうと、いよいよ引き返せなくなった。この首輪は爆発する、それだけで、行動動機は十分だ。私は、生きるために行動を起こす。
それにしても、終了がいつなのか分からないのは厳しいところだ。プレイヤーを精神的に追い詰めるためなのだろうが、いつまでに目的を果たさなくてはならないのかが分からないと、面倒なことは沢山ある。行動範囲が制限されていくルールや戦闘禁止エリアの存在は語られていないから、このフィールド全面が戦場となるわけだ。もしくは、区画分けされたフィールドを活用し、後日進入禁止とされる、か。
また、全員分のクリア条件を教えて貰えない点やプレイヤーの人数が分からない点は不親切設計となっている。それくらい教えてくれてもいいのに。シークレットゲームとは違って少し難易度が上がったように思うが、どうだろう。

すると、再びPDAが鳴り出した。見れば、また例のメールのようで、今度は迷わずそのアイコンを選択する。


「……説明会、の案内?」


参加者の方々へ、重要な連絡です。それから下に綴られているのは、参加者への疑問を解消するために説明会を開く、というものであった。会場は村の中央管理施設らしいが、時間までは指定されていない。不参加でもペナルティはないようだが、これは参加するにこしたことはないだろう。他のプレイヤーにも接触できるだろうし。私のクリア条件はどうしても他者との接触が必要不可欠だ。少なからずこの説明会に参加する者はいるだろうし、その後適当に見繕ってパートナーに出来そうな人物を探せば良い。5時間以上行動を共にしたプレイヤーは何人いてもいいらしく、リスト化されたプレイヤーの中から一人選んでクリア条件が満たされるのを待つ、という形式のようだ。ならば、話の通じる今のうちに仲間を作っておく方が良いだろう。
村の中央管理施設、とはどの建物かは分からないが、すでに村が見渡せる位置にまで下りてきているからそう時間も経たないうちに見つかるはずだ。





*





中央管理施設にたどり着くまでにもう一つ例の立方体を発見し、中身を頂戴してきた。これで、ソフトウェアと思しき物体は2つ。いつか必ず役に立つときがくると信じて、私は施設内部へと足を踏み入れた。

中には、ご丁寧にも会場へのアクセス方法が書かれた看板があり、それによると階段を上って右側の突き当りにある会議室、らしい。ここで運営側が嘘を吐く理由もないので、看板を信じて会議室へと向かい、少し警戒しながら、扉を開けた。


「……おや? 君も参加者、か」
「ですです〜」


中にいたのは、二人の男女であった。どちらも私と同年代くらいだろうか。女の方はどこかで見覚えのある容姿をしていて思考を巡らせるが、ああそうか、と答えに辿りつく。彼女、アイドルの安藤初音だ。そして男の方であるが、女と見間違えるような風貌をしてはいるもののその視線は鋭く、私を見定めているようだった。なるほど、彼はどうやら私と同じような人間らしい。得られる情報は全て得よ、そういう行動理念のもとに私を見定めているようだ。


「一応これは、自己紹介をした方が良いのか?」
「あ、初音は、阿刀田初音っていうです。岸田学園の生徒なのです」
「そうか。私は咲島あさみ、という。上新学園の生徒だ」


人畜無害そうな笑みを浮かべる彼女には満面の笑みで答えた。彼女はドラマに出演したこともあるというし、私の見え見えな演技なんてすぐに見破ってしまうだろうが、もう一人の彼に見せつける分には申し分ないだろう。早くお前も名前を言え、と。張り付けていた笑みを剥がして彼の方を見る。


「僕は、三ツ林司。そこの彼女と同じ岸田学園の生徒だよ」


面識はなかったけどね、と付け加えると、もう私には興味がないのか視線を反らした。
私もこれ以上彼から情報を得られそうにないと悟ると、無言で椅子を引いて初音の目の前に座った。目の前で彼女を見ると、やはりアイドルなのだと思い知らされる。幼さを残したその顔立ちは目を見張るほど可愛らしい。別にそちらの趣味はないが、美少女ゲームの類をプレイしたことのある私は多少なりとも美少女には興味があるわけで。シークレットゲームもその趣味の一部として購入したものだった。まさか、こんな場面で役に立つとは思いもよらなかったが。

ぽつりぽつりと初音と会話を交わしながら、他の参加者が来るのを待つ。随分と時間がすぎたようだが、彼女と話していると時間を忘れて楽しめる。芸能界で培ったのか、彼女の話術はなかなかに巧みであった。そうしていると、一人、また一人と参加者が扉を叩く。全員同じように首輪をしていることから、運営側の人間ではないことが分かるが、一体どのように説明会は行われるのだろうか。運営の人間が直接来るかもしれない、という可能性があるうちは一人ひとり確認していこうと思っているが、十中八九放送によるものだろう。この会議室には使用可能そうなスピーカーが幾つか取り付けられていた。疑問を解消、というのだからこちらの声を聞くためのマイクもありそうなものだ、と探してみればやはりあった、小さなマイク。きょろきょろと周りを見渡していたことに対し、初音は首を傾げたが、三ツ林は分かりきったような視線を投げてくるばかり、他の参加者は興味な下げに窓の外をみていたり会話をしていたりと、私の動向を気にしていないようだった。

何度かの自己紹介を終えて、今ここにいるのは私に初音、三ツ林、伊藤、上野さん、琴美、の6名だ。初音と琴美とはすでに打ち解け、友達のように会話をしている。まあ、彼女たちだっていつ手のひらを返して裏切るか分かったものではないから、所詮は仮初の友情だ。彼女たちがどう思っているかは、ともかく。上野さんは何となく近寄りがたい、というか、生真面目すぎる雰囲気を纏っていた。私の最も苦手とするタイプである。同じ上新学園の生徒らしいが、面識はなかった。伊藤は何というか、馴れ馴れしい。気軽に名前で呼んでくれよーといっていたので何とか名前で呼ぼうと努力はしているが、男子を名前呼び、などほとんど経験のない私には難しい壁となってのしかかってきた。三ツ林なら、顔だけ見れば女に見えなくもないし、名前で呼べそうなものだが、伊藤は無理だ。チャラい、そうそれだ、彼は馴れ馴れしいというか、チャラかった。


がちゃり、会話の種にも尽きてきたところで、新たな参加者が現れた。伊藤が何だ、と言葉を漏らした矢先、今まで椅子に座って談笑していた琴美が突然立ち上がって、現れた人物に駆け寄っていった。入ってきたのはまたもや同じくらいの年に見える男女。琴美が駆け寄っていったのは男の方であった。修ちゃん、と。そう呼んでいることから二人は知り合いであることが伺える。一しきり二人が会話をかわすと、彼の後ろからもう一人の女の方が顔を出す。すると、彼と琴美の関係が明らかになった。彼らは幼なじみだそうだ。仲がいい理由が分かったところで、伊藤が琴美の元へと駆けつけた。


「なになに、琴美ちゃん? 知り合いなの?」
「うん、幼なじみの修ちゃん。修ちゃん、こっちは大祐くんだよ」
「どーも、東海第二学園の伊藤大祐っす。ヨロシク」


さっきと同じノリで伊藤は彼らに自己紹介をした。これは、また全員が自己紹介をしていく流れなのだろう。伊藤の言葉を皮切りに、次々と自己紹介がされていく。


「俺は西扇学園の、藤田修平。こちらこそよろしく」
「オッケ、修平な。そっちの子は?」
「……細谷はるな」
「はるなちゃんね。どこの学園?」
「……あれ、あさみちゃんとまり子さんと同じ制服じゃない?」


琴美がそう零す。確かにはるなも同じ制服を身に纏っている。しかし上野さん同様面識はなかった。どうやら上野さんも彼女と会ったことはなかったらしい。うちの学園はそこまで大人数というわけではないが、こうも上手く面識のない人物を集めて来るとは。同じ学園の者がいるというのは不思議なものだが、運営もそのあたりは抜かりがないのだろう。琴美と藤田に関しては、このゲームの一番の見世物だとか、そんな感じだろうか。脳裏に総一と咲実と優希が映る。何とも悪趣味なゲームだ。


「私は上野まり子。はるなさんと同じ上新学園よ」
「私も同じく上新学園で、名前は咲島あさみ」
「よろしくな、まり子さん、あさみ」
「ええ、よろしく」
「よろしく」


はるなが私の名前を呟いているのが聞こえた。そして、次に聞こえたのは息をのむ音。それに気付いた藤田が知っていたのか、と聞いているが彼女は黙ったままだ。……まあ、知っていてもおかしくはない。


「あさみさん、って……もしかして、あの咲島あさみ?」
「あのっていうのがどのかは分からないけれど、私は咲島あさみ、それ以上でもそれ以下でもない」
「……そう」


未だに不思議そうにしている他の彼らに視線で問われたはるなは、こう答えた。うちの学園の将棋部のエースだ、と。驚いたように私を見る彼らをよそ目に私は一人舌打ちをした。無駄な情報を与えてくれるな。知られて困ることでは無いが、自分のことを知られるのは好きではない。そんな私の心境をお構いなしに、初音が名乗りをあげる。


「ではでは、次は初音の番なのですね!」
「別に、順番に自己紹介していく流れってわけじゃないんじゃない?」
「そんなことないです。さっきだってそうだったですし、今もそういう流れなのです!」
「ってことは、俺たちが来る前に挨拶してたのか?」
「うん、私が来たときにはあさみちゃんと初音ちゃんが仲良くしててね、結構明るい雰囲気だったから、大祐くんが声をかけて」


実際は、私と初音と三ツ林は先に自己紹介を済ませていたのだが、面倒にしたくないのでこのまま黙っておくことにしよう。


「コホン! ……えーと、初音は阿刀田初音っていうです。岸田学園に通っているのですよ!」
「ウチの制服だもんね。帽子は違うけど」
「へぇ。それでキミは?」
「三ツ林司。そこのアイドルと同じ岸田学園だけど、学園内では面識はないね」

「ん? アイドルって?」
「そういえば、どこかで見たことあるような……」
「ああーっ! 思い出した!」
「安藤初音ちゃんだよね!? アイドルの!」
「はい、芸名は安藤でやっているのです」


安藤初音。その名前を聞くや否や彼らの初音を見る目が変わった。三ツ林に言われるまで気付かなかったのか、こんな可愛い子、なかなかお目にかかれるものでもないだろうに。……そう思って、周りを見渡した。これはまあ、ここに集まっているみんなは、顔立ちの整った人たちばかりだ。アイドルの初音にも引けを取らないくらい美人であったり格好良かったり。初音がアイドルだということに気付かなくても可笑しくはないかもしれない。その中で、私はお世辞にも整っているとは言えない容姿をしている。人並みくらいではあるはずだが、こうも綺麗な人たちばかりが集まってしまうと嫌に目立つ。なんて、こんな状況でそんなことを気にしていられるあたり、私もまだまだ状況を甘く見ているのかもしれないな。


「だけど、最近はテレビであんまり見かけないよね?」
「……う、うぅ。……最近は、あまりお仕事が回ってこないのです」


アイドルは浮き沈みの激しい商売だ。一時期世に名を馳せたとは言え、所詮は時代の遺物。初音の様子から、彼女の近況が相当厳しいものだということが想像できた。それをわざわざ聞くような真似をして、三ツ林、お前何様だ畜生。こんな可愛くて良い子を傷つけるとは……許すまじ。


「さてと、これで全員一通り名乗ったか?」
「ああ、そうだな」
「ま、とりあえず、仲良くやっていこうぜ。何をやらされるのか分かんないけどよ」


仲良く、だと? 全く、伊藤の楽観思考もなんとかしてほしいものだ。見たところ、三ツ林はすでに覚悟を決めてゲームの攻略に乗り出しているようだ。私と同じで伊藤を冷ややかに見ているあたりからもそれは伺える。そして、藤田も、だ。何を考えているのか分かりづらいが、彼は自己紹介を聞いているようで聞いていないような、そんな感じだった。常に辺りを警戒し、得られる情報を一つ一つ確認しているようだ。二人とも、味方になれば心強いことこの上ないだろうが、敵となればこれ以上ないほど厄介に違いない。それは向こうも同じように考えているだろうから、すぐに交戦に発展することはないと思う。頭の良い人間は無闇に暴力に頼ったりはしない。そう、最も警戒すべきなのは、伊藤のような楽観主義者、そしてすぐに暴力任せに行動をする人間だ。仲間にするにも敵にするにも、警戒するにこしたことはない。


「……ところで、いつになったら説明会は始まるのかしら」
「その様子だと、ずっとここで待たされているのか?」
「ええ。メールが来てからすぐ来たんだけど、ずっと待たされっぱなしね」
「となれば、騒いでも仕方ないし、のんびり待つか」


そう言うと、彼は近くにあった椅子を引いて腰を下ろした。上野さんが言うとおり、ずっとここで待たされている私たちにとっては、待ち時間はなかなかに酷なものであった。私と初音と琴美は談笑しながらであったから、そこまででもなかったが、それでも長いこと待っているのには変わりない。
しかし、あともう少しで始まるのではないだろうか。藤田とはるなが来たので恐らく参加者は最期であろう。何もこれは強制参加ではない。他のプレイヤーは自分で勝手にどこかをうろつき回っているのだろうし、そろそろ運営側も用意を始めると考えて、とすればやっぱりもうすぐだ。


「……こんな状況で気楽なものだね」
「どういう意味よ?」


上野さんの頭にくる、という発言に次々とみんなが賛成の意を唱える中、三ツ林だけは反対の姿勢を見せた。藤田と私はどちらにもつかず傍観である。どちらの言い分にも思うところはあるが、今は口出しすべきではない。それに私としては、これは五時間だけでも共に過ごすためのパートナーを見定めるのに最適な状況なため、じっくりと見させてもらうことにした。
三ツ林は現状得られる情報を元に語っているのであろう、その眼は確信と疑惑に揺れている。上野さんは特に何も考えていなかったのか三ツ林の話を聞いているだけだ。


「……何が、言いたいのよ」
「僕らは当分、ここから帰れないよ。少なくとも、このゲームが終わるまではね」


それはそうだろう。まだ仮定の域を出ないが、このゲームはシークレットゲームとよく似たものである。あのゲームが現実に存在していると言われても今なら頷ける。そして、あのゲームではゲーム終了時刻である3日がすぎるまでは建物から出られないでいた。このゲームに於いても同じだろう。無理に範囲外に出ようとすれば首輪が爆発するまでだ。


「だ、だけど、私たちが消えたことに誰も気付かないわけがないでしょ?時間が経てば家族が捜索願を出してくれるはずだし、これだけの集団が一気に消えたら当然騒ぎにもなる。そうなったら、絶対に隠し通せるわけがないわ!」
「もし、連中がそれを隠蔽できるほどの力をもっているとすれば?」
「まさか、そんなこと……」
「既に、ここで起きている事の全てが常識を逸脱してるんだ。連中には常識なんて通用しない、と考える方が普通なんじゃない?」
「だって、犯罪じゃない! 今、私たちは、犯罪に巻き込まれているのよ!?この国は法治国家なの! こんな、こんあことが許されるはず…」
「人権ってやつ? ふふ、そんなものが外界から切り離された今の僕らを守ってくれるとは思えないな」
「そんな、そんなのって……!」
「……さてと、これ以上あなたと話しても意味は無さそうだ。僕の考えが正しければ、あと少しで説明会が始まるよ。あなたとの討論はつまらなかったけど、丁度良い暇つぶしにはなったかな」
「……っ!」


まあ、三ツ林の言っていることがこの場で最も正しいことだろう。彼の言い方はなかなか他人の挑発を誘うものであったが、上野さんの正しいことばかりを並べて自分を正当化させようとしているやり方はあまり好ましくない。こんな状態で国の話を持ち出したって、誰も私たちを助けてくれないことは請け合いだ。もしかすれば国がぐるになっている可能性だってある。今の日本は色々と危なっかしいし、有り得ない話ではない。
藤田が何やら考える素振りを見せだした。琴美が二人の間に割って入ったことでそちらへと意識を向けたみたいが。


「は、初音はなにか間違ってましたか!?」
「間違ってないわよ。拉致は犯罪なんだから、悪の組織に決まってるわ」


初音の、運営側を悪の組織と形容したことに対し、苦笑しながらも上野さんだけはそれは間違っていない、と言う。まあ悪の組織で間違いはないのだが、それにそんな堂々と賛成の意を見せる上野さんもなかなか子供とみた。


「上野さん、あなたの考えは確かに正しいかもしれない。けれど、もう少し現実に目を向けてみてはどうだろうか。視野が狭くては不利になるばかりなのに。柔軟な発想が出来なければ、最初に命を落とすのはあなたかもしれない」
「なっ! そんな簡単に認めてしまって良いの!? 犯罪に屈してしまっては、相手の思うつぼじゃない!」
「その考えこそ、思うつぼでしょう。主催者たちは私たちの命のやりとりを見て楽しもうとしている。ならば、それに屈しないためには柔軟な発想をもとにいかに生き残るか、が大切だと思うのだけど」
「……くっ」


それだけ言うと私は初音に向き直ってにこりと笑顔を見せる。初音はびくりとしたようだったが、すぐに笑い返してくれた。先と同じく、対象に威圧をかけるためだ。初音は何も分かっていないようだったが、対応の差に上野さんは怒りを噛みしめていた。しかし別に私は間違ったことを言っていない。初音の言うことが正しかったように、私の発言もまた、正しいことに変わりないのだ。


「あーもう、そんなのどうでもいいってーの。そういう話を聞かされるこっちの身にもなってくれ。それより、ゲームの話しようぜ。今、俺らがやらされそうになってるさ」
「あ、賛成なのです! 初音は知りたいこといっぱいなのです!」
「ゲームの話ねぇ……たとえば?」
「色々あるだろ、例えばこれのこととかさ」


伊藤がブレザーの内ポケットからPDAを取り出す。しかし三ツ林の反応といえば、それはこれから説明されるだろう、とのこと。伊藤はどうやら、説明会が始まるまで推理をしておいて説明会で答え合わせをしよう、と言っているらしい。推理もなにもないじゃないか、と思ったのは私だけなのか。シークレットゲームでだいたいのことを知っている私にとっては、説明会は相違点をはっきりさせる以外に意味はあに。すると、更に緊張感に欠ける言葉を伊藤は吐いた。初音の見せ合いっこ、という発言に大きく頷いて見せたのだ。とんでもない、きっと自分のクリア条件が他人に危害を与えないものだからそんなことを言えるのだろうが、中には皆殺しを要求されている人だっているかもしれないのだ。あのゲームでいう、優希のように。琴美は勝ち抜けルールと言ってるが、まあそれはあながち間違いではないかもしれない。


「……でも、真剣な話だけど、勝つ勝たない以前にゲームをクリアしないと首輪が爆発しちゃうんでしょ?」
「ああ、そんなルールだったな」
「……だから、頭に来るって言ってるんじゃない。拉致だけじゃなくて、脅迫までされてるんだから」
「いやでもさ、どうにも現実感が薄いんだよね。首輪を引っ張ると、確かにピーピー警告は出るんだけど、これって本当に爆破すんの? みたいな」


どこまでも緊張感のないやつである。この期に及んで、まだ現実感が薄いとは。全てが夢ならそれにこしたことはない。でも、常に最悪の場合を考えて行動しなくてどうする。死んでしまってからでは遅いのだ。


「じゃあ、試してみたら? 本当に爆発するかどうかさ」
「そうだな、実際に一人実演して見せてくれれば、上野さんだってこれを現実と認めるだろうし」
「おいおい、あさみちゃんまで酷いな。マジで爆発したら俺死んじゃうじゃん」
「大丈夫です。大祐はそれでも死ななそうなのです」
「ちょおまっ、俺はどんなキャラだっつーの!」


伊藤の言葉で会議室に笑いが満ちた。何はともあれ、この場は凌いだようだ。けれど、伊藤も上野さんも、まだこのゲームを本当に意味で理解はしていない。三ツ林と藤田を見習え、彼らは情報を明かさなくて良かった、という安堵も込みで笑っているのだから。

それから間もなくして、会議室のスピーカーからノイズが漏れ始めた。説明会が始まるのだろう。

会議室は静まりかえり、全員がスピーカーから流れだす声に耳を傾けだす。かなり長い時間待たされたが、ようやく説明会が始まるようだ。


『本日は皆様、お集まりいただき大変ありがとうございます。これより、今回のゲームに関する説明会を始めさせていただきます。まずは、一通りゲームについて説明を行っていきます。説明するのは、ゲームの目的、期間、舞台、プレイヤーおよびPDAについてです。ゲームの内容に関する質問には回答しますが、それ以外は一切受け付けません』


ただ文章を読み上げていっているだけ、そういった感じの喋り方だ。スピーカーから聞こえる声は説明をしているというよりは、読んでいるだけ、である。
さて、私が一番気になっているのはこの自分のPDAについてである。ケースというのは、一体何のモチーフなのか。従来通りトランプのPDAが用意されているわけではないかもしれないのだ。そして、プレイヤーの人数も重要である。トランプモチーフのままであれば、13人は下らないであろう。そうでなければ、ここに集まっているメンバーのみ、という可能性だってある。動体センサーでは確認しきれない、そのあたりの情報が欲しい。


『それでは、始めます』
「その前に質問があります。あなたは、どこにいるんですか? このゲームの主催の方なんですか?」


説明が始まるよりも早く、上野さんがそう質問した。気になるところであるが、これはゲームの内容に関係のないことではないのか。案の定、『その質問は、ゲームの内容とは関係ありません』という事務的な拒否が返ってくるばかりだった。それでもなお食って掛かろうとする上野さんに、三ツ林が割り込むことで一先ずやり取りはひと段落着いた。


『では、再開します。まずはゲームの目的から。このゲームは、クリア条件を満たすことが目的となります。例えばそれは、何かを集める、どこかへ行くといった風な目的であり、各人にそれぞれ異なるものが与えられています』
「質問がある。このクリア条件というのは、あくまでもクリアするための条件であり、首輪を外すためのものではないのか?」


これは聞いておきたいことだった。説明を遮り、シークレットゲームとの相違点として気になった点の一つ目、クリア条件と解除条件の違い、について質問をする。


『はい。あくまでもゲームクリアの条件であり、首輪を外すことが出来るわけではありません』
「まあ、予想はしていたが」
『続けます。クリア条件の中には、“何かをしてはいけない”といった類の失格条件もあります。こちらは、条件を満たした瞬間にクリア不能となりますので、ご注意ください』


質問には答えてくれたが、やはりというか事務的な口調で淡々と、といった風だ。
そして、私の条件を思い起こす。『5時間以上行動を共にしたプレイヤーがクリア条件を満たす』だ。つまり私の場合は、ゲーム終了5時間前の時点で5時間以上行動を共にした者がいなかったら失格、ということか。


『なお、制限時間内にクリア条件を満たせなかったり、クリア不能になった場合にはゲームオーバーとなります』
「質問だけど、爆発の威力ってどの程度なの?」
『爆発は、周囲を巻き込むほど大きなものではありません。装着者への致命傷には十分とだけ認識して頂ければ結構です』
「クリア不能になった場合の、爆発のタイミングは?」
『首輪の作動前には警告が鳴ります。爆発はその10秒後に設定されています』
「ふーん……」


質問者である三ツ林は考え事をしながら椅子に腰かけた。私としてはキラークイーンでどの程度のものかを知っているつもりだったので質問しなかったが、まあ知っておくにこしたことはない。それに、これももしかすれば相違点となりえたのかもしれないのだから。
説明会開始時から取っていたメモに付け加える。首輪の爆発は装着者への致命傷には十分、と。メモ帳の左側には淡々と説明の概要を、そして右側にはシークレットゲーム或いはキラークイーンとの相違点が綴られている。誰かに見られたとき、右側について言及されたら痛いところではあるが、文章化して整理していくことで頭に入ってきやすいのもまた確かだ。


「く、クリア以外に外す方法はないのっ!?」
『ありません。許可された手段は、クリア条件を満たすことのみであり、それ以外の手段を試みた場合は首輪を爆破します』
「首輪の爆破以外、例えば運営側が仕掛けた自動操縦等で危害を加えられる場合は?」
『ありません。首輪の爆破のみです』


そうか、と淡々とメモを取っていく私に対し、上野さんは驚きの目で仰ぎ見た。クリア以外の解除手段を聞いた彼女にとっては私の質問は信じられないものであったのだろう。だが、私にとってはやはりこの質問も重要なものであった。スマートガンやら火炎放射器で攻撃なんてされた日には一溜りもないし、首輪で一瞬であの世に逝けるよりもタチが悪いと言えよう。


『次にゲームの開催期間ですが、ゲームの期間をプレイヤーに明確に伝えることはいたしません。終了予定時刻の二十四時間前になった時点で、各プレイヤーのPDAに通知を行います』
「……どういうことだ?」


藤田が尋ねる。確かに、それも相違点の一つであるが、愚問であろう。ゲームが盛り上がるとか、そんなところではないだろうか。


『期限が分からない方がゲームが盛り上がるという趣向です。ゲーム性の一つとお考えください。例えば、残りの時間を正確に把握することで、行動的、あるいは消極的になるプレイヤーが出てきます。これを避け、ゲーム内での動きを均一化するため、ゲームの終了時刻は秘密にしてあります』
「ゲームを盛り上げるためって……」


やはりと言うか、予想はあたっていた。上野さんが更に信じられないという顔をするが、これが現実なのだ。


「はは……いやいや、見世物じゃねぇんだから」
『……さて、特に質問はないようですね。では、次の説明に。ゲームの舞台に関してですが、PDAの地図に示されている範囲内とします。範囲内から出た時点で警報がなり、警報を無視し続けると首輪が爆発します。また、範囲は、二十五個のエリアに分割されています。こちらは、場所を識別する際にお使いください』
「あの、ここに来るまでに、幾つかカメラを見つけたんですけど……」
『ゲームの舞台各所には、監視カメラを設置し、プレイヤーの行動を常に監視しています。ただし、運営側は首輪や脱走に関連すること以外、プレイヤーの行動には一切関知しません。クリアを目指すために何をしても自由ですので、監視されているからといって萎縮せず、好きなように振る舞ってください。次はプレイヤーおよびPDAについてです』


最も知りたい項目がきた、が、質問の機会を逃してしまった。それすなわち、行動範囲は狭まるのか否か、だ。時間が経つにつれて進入禁止エリアが出来る、シークレットゲームではお馴染みのあの設定だ。しかし、聞く機会がないとなれば、あとで説明会が終わった後にこっそり引き返してくる、ということでいいだろう。他にも、シークレットゲームとの相違点はあるのだし、何も他のプレイヤーに情報を渡すことはない。


『プレイヤーは、全員で十五名。各人にプレイヤーナンバーが割り当てられています』
「15……か」
「あれ? でも、ここには……七人しかいなのです」


私の呟きをかき消すかのように初音が疑問を口にした。すぐさま運営側の男は『この場にいらっしゃるのは、説明会への参加を希望したプレイヤーのみです』と答えが返ってくる。そうだ、これは何も強制参加ではない。説明を聞かなくても良い人物がいるのだろう。そう、シークレットゲームでいう、ゲームマスターやエースの工作員のような。いや、これはあくまでもただの仮説にすぎないが。ゲームマスターであれば逆に怪しまれないように参加するかもしれないから、一概にそうとも言えない。だから、もっと他にもいるのだろう、例えば、……何度もゲームに参加している者、あるいは私のようにゲームに似たものの存在を知っている者も挙げられる。


『プレイヤーナンバーはトランプを模して、1から13までの数字と、ジョーカー、そしてケースの十五種類です。プレイヤーは、それぞれがプレイヤーナンバー入りのPDAを所持しており、クリア条件や特殊機能も全員が異なります。他者のPDAの所有や、その特殊機能を使用することはできますが、クリア条件は初期に配られたものに依存します』
「他人のPDAを奪っても、使えるのは特殊機能だけってことね」
『また、PDAはプレイヤーナンバーに該当した所有者が死亡するか、特定の特殊機能を使用することで機能停止状態となります』
「質問だ。PDAを機能停止する特殊機能の話が出たけど、これは他のプレイヤーに害を与える機能もあるってことか?」
『その推測もゲームの一部であるというという認識であるため、回答いたしません』
「では、質問を変える。ナンバーや条件を除けば、このPDAは全員に同じものが配られているのか?」
『全員に同じものを配布しています』
「そうか、分かった」


特殊機能についても幾つか思うところがあるから、あとで質問することにする。藤田が聞いたことも一応メモしておくか、とメモ帳にペンを走らせた。


『ゲーム中は、食料や水の確保もプレイヤーが行う必要があります。もちろん、川の水を飲んだり、森で食糧を採っても結構ですが、ゲームの舞台には、運営側で各所に食料や備品を配置しています』
「へぇ、珍しく気が利いてんじゃん」
『しかし、それらは基本的に土の中に埋まっているため、手がかりなしに見つけるのは困難です』
「いや……無理だろ、それ」
『そのために、キューブという一辺四十センチの正方形の箱が、各エリアに設置されています』


キューブ、と聞いて思い浮かんだのはあの隠されていた箱だった。確か、大きさはそのキューブというものの大きさと同じだったように思う。つまりはあれが、キューブ、か。


『このキューブには、メモリーチップが入っておりmそれをPDAに読み込ませることで、最寄りの食料の位置が地図上に表示されます。メモリーチップにより手に入るものは、食料の他に武器もありますので、そちらを目的にメモリーチップを探すのもいいでしょう』


メモリーチップとは、あのソフトウェアに似た物体のことであろう。つまり私は、知らず知らずのうちにキーアイテムを手にしていた、ということか。恐らく食料は十分には用意されてはいまい。つまり、少しでも多くのメモリーチップを誰よりも早く集める必要がある。一つのメモリーチップで見つかる食料や武器もそう多くはないだろうから、やはり早く集めたものが勝ちだ。メモリーチップ2つで手に入る武器や食料はどの程度だろう。このゲームの開催期間を一週間として、ともすればなんとかこの二つで二日は生き延びたいところだ。


『さて、プレイヤーとPDAについては異常ですが、こちらについて質問はありますか?』
「あーっと、誰かと手を組んだりとかはアリなの?」
『可能です』
「ふーん、じゃあさ、みんなで手ぇ組もうぜ。クリア条件も教え合って、お互いで協力しあった方がクリアも早いし、食料も安全も確保しやすいだろ」


ゲームマスターの存在や何度もゲームに参加しているプレイヤーについての質問は後にしようと考えていたところで、伊藤がみんなで手を組もうと言い出した。初音や琴美はそれに乗り出したが、上野さんはクリア条件は教えられないとのこと。大方、あまり平和的でないカードを引いてしまったのだろう。


「で、そっちの三人はどうよ? さっきからみんなむっつりしてるけど」
「まだ何とも言えないな。私のクリア条件を教えることは、私の生死に関わることだ」
「遠慮しておくよ。クリア条件は教えたくないから」
「協力し合ってクリアを目指すのは賛成だが、もう少し情報の価値を考えるべきだ」


三者三様、しかし三人とも言いたいことは藤田の言った「情報の価値」だ。


「おいおい、何だよ。みんなをもっと信頼しようぜー?」
「信頼じゃないよ、こういうのは。身内でも連帯保証人にはなるなって話」
「は?何だそりゃ?」
「裏切られても、自分で代償を払える範囲でしか行動するなってこと」
「会ったばかりの人間に信頼も裏切りもあったものじゃないが、用心するにこしたことはないだろう」
「いや、ふたりとも警戒しすぎだろ……」
「試しに聞いてみるといい。情報を知られることが危険かどうか。答えてくれるよな? こういう類の質問には」

『ええ、ゲームの内容に関わることですので、当然です。他のプレイヤーに情報を知られてしまうのにはリスクがあります例えば、誰かのクリア条件が“2のプレイヤーの死亡”となった場合、2のプレイヤーは常に命を狙われることとなります』
「なるほど、です……」
『他にも、3のプレイヤーのクリア条件を“2のプレイヤーの生存”とした場合、2のプレイヤーを殺害してしまえば、3のプレイヤーの首輪は爆発します。つまり、プレイヤーナンバーとクリア条件、特殊機能の内容が他のプレイヤーに洩れれば危険が増す可能性があるでしょう。他のプレイヤーと協力関係を結ぶにしても、互いのクリア条件の相性が重要ということです』

「……」
「……?」
「……そうなるわよね、クリア条件を知られるって……」


何だろう、今の説明にどこか違和感を感じた。はっきり何が、とは分からないが。藤田と三ツ林は確信したように小さく頷いていた。よくは分からないが、さっき感じた違和感はこのゲームの確信にまつわるものだと仮定しておこう。


『では、最後にPDAの操作方法について解説していきます。それぞれ、PDAを手元に出して、こちらの指示する通りに操作してください』


それから、操作にすいての講習じみたものが始まったが、私はこれをチャンスとばかりに特殊機能の欄を引っ張ってくる。一度動体センサーを使ってみたはいいものの、一体どこまでの動きを拾ってくれるのかが気になっていたのだ。多くの人間が一か所に集まり、座ったままほとんど動いていない状態。この状態でどこまで動体センサーは機能するのか。
音はもとから極小に設定してある。躊躇いなしに動体センサーをオンにすると、黄色い円状の波が幾つかの地点で見られるのが分かる。そのまま中央管理施設の詳細画面にまで操作してやると、本当に微弱ではあるが、黄色い波が確認された。よく見れば人数の確認も出来るだろう。なかなか便利な機能だな、……と思っていた矢先だった。


「……っ!?」
「っえ、」


突然、特殊機能が停止されてしまい、驚きで思わずPDAを床に落としてしまった。しかしそれは私だけでなく三ツ林も同じだった。特殊機能が無効化された……。これは、誰かのPDAの特殊機能なのだろうか。三ツ林の、という可能性は低い。彼も同じように無効化された口だろう。だとすれば、この何食わぬ顔でPDAを弄っていた誰かの仕業だ。大方予想はつくが、まだ何とも言えない。


「どうした……?」
「ああ……ちょっと手元が狂って……」
「目の前にいた三ツ林がPDA落とすもんで、つい私もうっかり」
「びっくりしたぁ〜……」
「大丈夫なのですか?」
「ああ、ごめん。驚かせちゃって」
「PDAが損傷したわけではないから、平気」
「……」


黙って自分のPDAを見つめる彼を見て、ああやっぱり、と確信した。特殊機能の無効化を行ったのは彼で間違いないだろう。





続きませんよー。

2013/11/22 19:23



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