言葉よりも記憶よりも

 気だるい身体を捻って朝を告げる陽光に目を眩ませた。少し早く目覚めてしまったのか些か肌寒い気もするが、羽織るものを持ってきていなかったため乱れた寝巻きを正してベッドから起き上がる。隣を見れば、キョウジくんはまだ静かに寝息を立てていた。
 エゼルダームに所属を移してから、流れに身を任せるまま彼に抱かれることが多くなった。それが自分の意思に反するものであるなどと初な少女を気取るつもりなど無い。私たちは、セカンドワールドという擬似的な世界の中とはいえ、戦争に身を投じているのだ。そこには戦死が存在し、それはロストとして現実のものとなって反映される。この気持ちが恋かどうかを確かめるまでは想いを告げないでおこう、そんな悠長なことは言っていられない。決心がついた時に、私か彼かのどちらかがロストしてしまっていたら、全て意味が無くなってしまうからだ。故に、兵士の恋愛は即断即決、曖昧な感情をもて余していては後悔が先に訪れるだろう。私も例に漏れず、キョウジくんのことが本当に好きなのかどうかを確かめるよりも早く、彼の言葉に頷いた。もう、後悔したくないのだ。それに元より、処女などという可愛らしいものでは、無い。
 彼を起こさないようにそっと近寄り、触れるだけのキスを落とす。好きかどうか、そんなものは関係ない。ただ私を満たして欲しいから、仮にこれが恋ではなかったのだとしても、失うものは何もない、何もせずに別れが訪れてしまうことの方が、ずっと怖い。

「キョウジくん……」

 半ば暗示にも似た愛の言葉を囁いて、自己満足に浸っている。キョウジくんは優しいから、私がどんな思惑を持ってあなたを誘っているのかなんて、きっとお見通しだろうなぁ。狡くて不器用な女でごめんね、あなたを真っ直ぐに愛する資格なんて、きっと私には無いの。
 もう一度だけキスをしたら自室に戻ろう、そう思って彼の唇に近付いた時だった。眠っていると思っていたキョウジくんに腕を強く引かれて、そのまま彼の上に倒れ込む。ベッドが二人分の重みに耐えきれず、みしりと音を上げた。

「まさか、こんなベタなことをされるだなんて思わなかったなぁ」
「王道なストーリーってやつ、お前好きだろ」

 悪は淘汰され善が平和を手に入れる、朝の曲がり角で運命の相手と激突する、底辺から這い上がって栄冠を手にする、そんな、使い古されてきた王道な展開、ストーリー。どんな困難な道のりであろうと最後には皆笑ってハッピーエンドを迎えられるような、そういう幸せな話が、私は好きだった。現実ではとても叶いそうに無い夢物語にほど、人は強い憧れを抱く。白馬の王子さまの存在だって、信じるだけなら自由なのだから。
 人肌の温もりを求めてキョウジくんの身体に抱きついた。ちらりと時計に目をやれば、まだ起床時刻まで少し時間がある。期待を込めた眼差しで彼を見つめると、彼は口角を吊り上げて私の肩を抱いた。ごろん、とベッドの上での体勢が逆転する。

「今日もこれから学校なのに、私って悪い子だね」
「王道とは程遠い、とんだ邪道なヒロインもいたものだ」
「程遠いから憧れるんだよ。……ねぇ、とびきり痛くしてほしいな。私にはキョウジくんしかいないんだって、思わせてよ」

 そう、後悔しないように。優しく触れられるだけじゃ、愛を確信できないから。私にとっての王道は、痛くて酷くて苦しくて、それでもやっぱりとても優しい、あなただけだと信じさせて。

2013/10/22 00:38



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