塩の柱

※デフォルト名はユイコ
※隠そうともしない神座万象シリーズ臭
※わりとネタバレ





 民草は皆、私を憎めば良い。
 ――彼女はそう言って、柔肌を撫でるように破壊を繰り返す。



 恐らくはユイコの真意を理解している人間などいないのだろう。全てを等しく愛しているから全てを等しく破壊する、それがどういう意味なのか。まさか彼女は破壊の君になろうと思っているわけではあるまい、黄金を身にまとうには彼女は些か役不足だ。ならば彼女は何を思って破壊を続けるという。

「……んー、もう食べられないよぉー……」

 夢の中でも大好きなミルフィーユをほうばっているのか、幸せそうな顔をしながらユイコは寝言を呟いた。そんな彼女を他人には見せない優しげな表情で見つめているのは、彼女が愛する仲間の中の一人である。キョウジくん、と甘い声色で己の名前を呼ぶ彼女の唇を指先で撫でると、彼女はくすぐったそうに声を漏らした。
 仲間を失うのが怖いのだと、ユイコは身体を震わせる。かつて彼女を残して小隊の仲間が皆ロストしてしまってから、彼女は常に仲間が消えていく恐怖に怯えていた。仲間が好きだからこそ信頼してしまうのが怖い、強固な信念のもとに確実な生還を約束してくれる仲間がほしい。そうして彼女は山賊に出会い、唆されるがままに加担したのだと……バンデットの仲間は皆、思っていただろう。

「いかないで……」
「……!」

 普段は底無しの明るさで周りに笑顔を振り撒くユイコが、キョウジと二人きりになったとき。ふとした拍子に見せる寂しげな様子が、キョウジは好きだった。いかないで、そばにいて、私の居場所はあなたの隣だから。全てを等しく愛する彼女が自分にだけ弱さを吐露しているという優越感、たとえそれすらも彼女にとっては他と同価値であったとしても、そう錯覚出来るのは少なからず自分が格別な存在であるからだろうと、彼はやはりそれに酔っていた。
 いかないで、そばにいて。
 涙を堪えて、囁くように、すがりついて。果たしてユイコがそうして弱さを見せるのは何故なのか。キョウジは自分が初めにバンデットとして接触したからだろうと思っている。ユイコ自身、キョウジが特別なのは最初の一人、きっかけを作ったのが彼だからだと自己完結していた。無意識の海に漂う真実は、彼女の真意共々決して岸辺へ打ち上げられなどしない。彼女が気付かなければ、彼が気付かなければ。

「――カツトシ」

 それは、キョウジが初めて聞いた名前だった。

「お前、それは一体……」
「うー…………」

 思わず声を上げてしまったことでユイコは目を醒す。目を擦りながら眠たげにおはようと告げたユイコに、キョウジは先程の名前について聞くことを渋ってしまった。今、ここにいるのはキョウジとユイコの二人のみ。彼が好むユイコの弱さを独占できる状況で、自らそれを壊すことなど出来ようか。否、たとえ彼女の愛が偽りであろうとも、彼女が真実を語らない限り、これが彼にとっての真実なのだから。離さない、壊させない、愛するものを、絶対に。

「お前は、何を考えている」

 目的は何か、何を思って山賊であり続けるのか。キョウジが変わりに口にしたのは、実に遠回りな言葉だった。
 ユイコは訊かれたことの意味を図りかねて首を傾げる。何を考えているのか、とは。何を答えるべきなのか。そもそも彼女自身気付いていない真意を彼女が的確に答えられるはずもなく、寝起きの頭は疑問符を弾き出すばかりだ。しかし、ふと、彼女は一つの言葉に辿り着いた。

「……ネツィヴ・メラー」

 次は、キョウジが首を傾げる番だった。聞き慣れない単語が耳を掠めたが、彼女の表情は至って真面目であり、恐らくはこれが核心に至る鍵であるのだと推測する。塩の柱、彼女の意図する全てはそこへ収束する。

「キョウジくん、あなたは今、何を考えているの?」
「……お前が愛しい、それだけだ」
「えへへ、私もね、あなたのことが好きだよ」

 単純にして明瞭、しかしやはり、彼女にとって全てを愛しているということが、唯一無二の真理であるのだ。
 数理の神は零と一しか施さない。故に確率や偶然などは存在せず、起こるべくして起きた必然のみが繰り広げられる。

2013/10/17 01:51



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