大学パロ(帝光大学大学院原澤ゼミ)


「自分、昨日何時に帰ったん」

仮眠室のベッドの上でごろごろしながら論文を読んでいると、上司の声が耳に届く。頭が痛くなるような英字から声の方へ。入り口のドアの前にどこか不機嫌そうな今吉が立っていて、「さっさ答えんかいボケ」と言いたげな目でじっとりとなまえを見ている。これからの展開にげんなりしながら、気だるげになまえは体を起こした。

「……昨日先輩が帰ったあとすぐに帰りましたよ」
「ワシに嘘はあかんなぁ」

にたぁっと悪人のような笑みを見せられて、背筋が少しだけ寒くなる。バレてるだろうとは思っていたし、今吉が何を言いたいのかもなまえには分かっていた。なんとか言われなくてすむ展開を期待していたのだが、そんなことはなく。

「青峰が仮眠する前には確実におった言うてたけど?」
「青峰くんのバカー!」
「バカは自分やクソ女。大体昨日ワシがおった時点で実験全く終わっとらんかったやんけ」
「うっ」
「ほら正直に白状しーや」
「…………」
「もっぺん聞くで。昨日何時に帰ったんや」

言葉自体は柔らかいのだが、口調は有無を言わせない態度が滲み出ている。これ以上の抵抗は無駄だと判断し、渋々なまえは口を開いた。

「…………4時、です、けど」

勿論、朝の。

「…………」

はぁ〜と深すぎる溜め息が吐き出され、剣呑な雰囲気が部屋いっぱいに広がっていく。一瞬だけ今吉を視界に入れる。目が合う。激しく後悔する。薄く開いた瞳の中は恐ろしく冷えきっていて、完璧に見てはいけないものだった。殺気とすら思える視線が心身に突き刺さり、生きた心地がしない。殺される。直感的になまえは自分の未来を理解した。今の彼なら鬼も驚いて逃げ出すだろう。もう二度と目を合わす勇気はなまえにはなかった。顔を上げる気すら起きない。
あの今吉翔一が、珍しく怒っている。

「とりあえず正座せえみょうじ。なんやその座り方舐めとんのか」
「はいぃっ!」

簡易ベッドの上で、体を固くしながら全力で正座をした。人生でこれ以上ないというぐらいに背筋をピンと伸ばし、姿勢を正すが、顔は一向に上がらない。説教をされる子供のように萎縮し、冷や汗が体という体から噴き出す中、戦々恐々としながらなまえは今吉の言葉を待った。

「なぁ」
あまりにも低く威圧的な声に、ビクン!と心臓が跳ねる。

「なんや自分、治安ええからて深夜もそうや思とるんか。お気楽な頭やな」
「ううっ」
「残念ながら近所のコンビニで強盗は起こるし殺人も強姦も普通にザラやねん分かっとんか?」
「……はい」
「いっつも口酸っぱなるぐらい言うとるよな、早よ帰れて」
「…………」
「それやのに自分何してたん」
「実験してました」
「青峰みたいな実験バカちゃうんやから、ちゃんと予定たてーや。そんなんやら時間の使い方効率悪すぎやて教授に怒鳴られるんとちゃうんか」
「そう、ですね……」
「なんか言いたいことは」

不意にかけられた言葉になまえは思わず顔を上げた。吐き出してすっきりしたのか、今吉も今は落ち着いてなまえの言葉を待っている。

――言いたいこと……。

右を見て、左を見て、また俯く。思えばこの説教はそもそも自分のためだった。あの他人に体力を一切使いたくない今吉に、ここまで言わすということは相当心配させたのだろう。これはこれで大事である。なまえとしては素直に謝りたい気分だった。

「……先輩はあまり他人に怒らない人だから、」
「?」
「怒られるの、ちょっと嬉しかったです」
「…………」
「だから、」
「もうええわ」

そこから誠心誠意謝罪のしようと意を決した瞬間、それまで黙って聞いていた今吉に話を遮られた。

「あー、ほんっま腹立つわぁ」
「え?」
「もう知らん。自分暫く実験禁止や」
「え!?」

冷たく吐き捨てられ、一瞬耳を疑った。どういうことか問おうとするが、時既に遅し。今吉はなまえに背を向け、部屋を出ようとしていた。

「待っ、」

バン!とドアが八つ当たりのように閉められた音に体を震わせた。その後はドアの外では何やら青峰が今吉に話しかけていたが、最早なまえの耳に入ってはいなかった。正座の姿勢のままなまえは今吉がいた空間を呆然と見つめた。最後にちらりと見えた今吉の表情が恐ろしすぎて頭から離れない。今吉がここまで自分のことを心配してくれるとは思わなかった。だからこその台詞だったのだが、状況は頗る悪い。絶望的だ。
とりあえず、ある程度寛大な上司の堪忍袋をブチ切れさせたのは確かだった。

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