シャーペンで書き込む速度は尋常じゃないかと思えば、それだけじゃない。量だってとんでもなかった。ページをめくって、唸って、問題を解いて、暗記して。俺が真ん前に座っても目もくれやしない。

「一応モデルなのに傷つくっスよ」

なまえを邪魔したくはないけど、少しだけ気付いてほしい、そんな小さな呟き。しかし彼女は顔を上げない。その両耳に収まるのは、俺がプレゼントしたイヤホン。彼女の勉強がはかどるようにとノイズキャンセラー仕様だ。勿論雑音は一切通さない。
ああ、イヤホン使ってくれてるんスね……。
嬉しいやら悲しいやら、なんとも言えない気分になった。

「あーあ」

ぐったりと机に突っ伏すと、次になまえのノートが目に入る。なまえは一教科の勉強だけで、ノート数冊を潰す。それも女の子特有のカラフルなペンで復習がてら内容をまとめるといった可愛らしいものではなく、ノートにはあらゆる行にみっちりと文字が敷き詰められている。なんという泥臭さかと最初は目を疑った。みるみるうちになくなる芯、増え続ける消しゴムのカス。それらは全て彼女の勉強量を表していて、なまえは気付けば学年一になっていた。
要領が良いのか悪いのか。才能があるのかないのか。それは多分、見る人の主観がものを言う。そんだけやってその程度かよとか、人事を尽くしたのだから当然なのだよとか、そんなにやって楽しいのそれ?とか。人それぞれ違うと思う。
かくいう俺が彼女に抱く印象は、多分大概に的外れだ。

「帰るっスよ、なまえっち」

いよいよ閉館時間を迎え、図書館も今は人はまばらだ。なまえの向かい側の席から手を伸ばし、耳を包み込むとイヤホンをそっと引っこ抜いてやった。ばっと顔を上げるなまえと目が合うと、プロのモデルスマイルをお見舞いする。つまり作り笑い。普通の女の子なら一発で落ちる自信はあった。しかし、なまえは顔を赤くもせず、ただただ目の前に俺が突然現れたことに驚いていた。

「黄瀬くん!?」
「やっほーなまえっち。そろそろ図書館閉まっちまうっスよー」
「黄瀬くんいたっけ!?」
「いたよ?!しかも結構前から!」

うそだ!ほんとっスよ!とぐだぐだとした問答を続けていると、職員の人及び周囲の方々からキツく睨まれる。ある種の殺気を四方八方から向けられ、いたたまれなくなった俺達はすごすごと図書館から退却した。





帰宅する道すがら、どちらからともなくぽつりぽつりと話し始める。図書館で勉強するなまえを部活の自主練後に迎えに行って、だらだらと喋りながら家路につく、それが俺達の日課になりつつあった。

「頑張るっスねーなまえっちは」
「うーんそーかなー」

バカだから仕方ないよ。
自分を卑下するようなその言動は、少なくとも彼女にとっては謙遜でもなんでもない。他人にどう思われようと、それが本人の真実だった。現に、なまえは去年の中間に勉強をサボったらが下から数えたら早いほどに一気に順位が転落したらしい。それからというもの自分の実力は持続しないという結論の下、なまえは努力し続けた。
その姿は、まるで俺と逆だった。

「私は黄瀬くんが羨ましいよ」
「なんでっスか?」

隣を歩くなまえは真っ直ぐに俺を見上げる。

「だってやらなくてもなんでもできるから」
「俺勉強はそこそこっスよ」
「授業受けてなかったり寝てたりするのにそこそこってむしろすごいよ」
「そっスかねぇ」
「そーだよー」

少しなまえの歩く速度が速くなる。自然、彼女の歩幅に合わせていた俺はなまえの少し後ろを歩く。羨んだところで無駄なのになーと、俺より小さな後ろ姿を眺めながら思う。俺となまえは全く別種の人間だから。お互いの姿勢が自分にはないもので、それをねだったところで手に入れようがない。俺もなまえのように努力できたらとは、思う。そう、俺はまだしていないのだ。苦しくなるぐらい痛々しい努力を。
俺に必要なもの。俺にないもの。それを持っているなまえのことを、俺は素直に尊敬していた。

「そっスかねぇ」
「?」

もう一度呟くと、なまえは不思議そうに振り返った。

「俺はなまえっちのこと、格好いいと思うっスよ」



俺だってなまえのようになりたかった。

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