「どないしたん」

スーパーの売り場の一角で、隣を歩いていたはずの後輩が突然立ち止まった。瞳をきらきらと輝かせて、ある一点に集中している。視線の先を辿ると、そこはクリスマスツリーの群れだった。ピンク、白銀、メタリックブルーと目がちかちかしそうなぐらいカラフルなオーナメントが専用のコーナーを彩り、大小様々なツリーが立ち並ぶ。店員はサンタのコスプレをして応対し、誰もがなまえと同じような表情で品物を吟味している。周囲の浮わついた雰囲気に、今吉はこっそり眉をひそめた。そない世の中のヒトはツリー好きかクリスマス好きか、と何とも理解しがたい感情に包まれる。今吉にとってクリスマスとは、お堅いディナーに行って胃に重たいケーキを食べて高いプレゼントをして、女を満足させたら、あとはヤるだけ。毎年変わらない恒例行事であり、自分の隣に立つ女は一生知らなくていい、ひねくれた感想だ。しかし、そんな汚い現実すら忘れさせるかのように、なまえは静かに語り出す。

「結婚したら、理想のクリスマスがあって、」
「うん」
「クリスマスツリーをプレゼントされるのが夢なんです」
「そうなん?」
「はい。高い指輪もバッグもいらないし、買い物に付き合ってなんて言わない。けど、最初のクリスマスの日だけ、お願いするんです。おっきくて綺麗なツリーを旦那さんにどうしても欲しいって、一回だけおねだりしたいんです。そのときだけ、一緒に飾りを買いたいんです」

きょとん、と今吉は気の抜けた表情でなまえを見やる。あまりにクリスマスの夢が小さくて、素朴で、今まで付き合ってきた女の口からは決して出ないであろうものだったからだ。クリスマスって、そんなんでええん。言い切って満足したのか、なまえは真っ白な雪の結晶やトナカイのオーナメントを手に取り、「可愛くないですか!」と楽しげに笑っている。そういえばディナーに誘ったが、あっさり断られたのを思い出す。付き合っていないからという理由が根底にあるのだが、金をかけることに付加価値を置く性分ではないらしい。今日の夜はなまえが料理を振る舞ってくれる。日頃お世話になっているお礼だと、彼女は言う。
きっとこれから先もなまえは誰かに与えてばかりなのだろう。仕方ないなぁ、と笑って。喜んでくれるならそれでいいですよ、と。そう言って自分は主張せず、ただの一度だけ、隣を歩く誰かに一番欲しいものをねだるのだ。

「それ、買おか」

求めない彼女に何かを与えるのは自分だけでありたいと、今吉は思う。

「へ?」

ぱっと二つのオーナメントを奪い、更に今吉は目についた雪だるまを選び出す。裁縫の乱れか口元がにやりと笑った、不細工な雪だるまだった。

「ワシはこれやな」
「? 変な顔ですねぇ」
「面白味あってええやん」
「こっちの方が愛嬌ありますよー?」
「これがええんやろ」
「変なの!」

けらけら笑うなまえに、今吉は表情を崩さずに口を開く。

「来年も買ったる」
「え、」
「で、そのうちツリー買ったるさかい、それまで持っとき」

わざわざ顔を覗き込むと、耳まで真っ赤に染め上げたなまえが、咄嗟に顔を隠そうとする。驚きのあまり目を見開いて今吉を見たり、さっきまで自分の手の中にあったオーナメントを見たりと忙しなく視線は動く。そんな顔もできるのか、と今吉は内心驚いた。好きや、愛しとると至極適当に囁いてきたが、自分の発言でこうまで純粋に彼女が赤面したことは一度たりとてあっただろうか。クリスマスも悪ないなぁとなんだか愉快な気分になる。

「それは、」「ん?」
「ど、どういう意味……」
「さぁ? 自分で考えや」

深読みなどする必要はない。求められないなら、勝手に与えるのみ。その権利は勿論頂く予定で動いている。
何を隠そう、自分は前からそのつもりだったのだから。

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