いらないです!声を張り上げて拒否をしたが、目の前の男はいつものにったりとした笑顔を崩さない。頑なな態度を示したとしても、それは相手とて同じ。しかもその度合いは相手が勝っている。あらゆる手段を用いたが、彼は一向に受け取らない。受け取らないったら受け取らない。

「まぁ、そう言わんと」

長く続いた攻防の末、結局最後は自分が折れてしまうのだ。突き返したはずのそれは、恭しい仕草で再び手の中に納められる。文句を言おうと口を開くが、彼の顔を見た瞬間喉まで出かかったそれは引っ込んだ。あの困ったような、こちらが泣きそうになるぐらい優しい苦笑をされてしまうと、もう負けだった。その顔をされてしまうと、抵抗できなくなってしまう。

「ワシがなんかあったとき、助けてくれるんは自分やろ」

それを知っていて、この人は。



あっかんわこれ。
目が覚めたときの気分は最悪の一言に尽きる。天井が歪んで見えてから、暖かいはずの布団の中で寒気がしたり、鈍器で殴られたように頭が痛かったりと体は明らかに風邪の症状を示していた。汗が滲む額に手を当てると、平均体温を容易に越えている。はぁ、と漏れた吐息は試合後並みに熱かった。火照りきった体を冷やそうと寝返りをうてば、短い髪が首筋に張り付く感触が気持ち悪い。シーツのひんやりとした感覚と共に、脳味噌ががくんと派手に揺れる錯覚。じわじわ込み上げてくる嘔吐感。もう梃子でも動きたくない。
しかし学生たる身分である以上、当然大学に向かわなければならない。今週の予定は立て込んでおり、一日でも崩してしまえば大事な休みに差し障る。
土日実験とか勘弁やでほんま。
僅かな体力を振り絞り、なんとか立ち上がろうと試みたが、頭がぐらぐらして身体中が軋んだ。何より力が入らない。ぺたりと覚束無く座りはしたものの、気を抜くと倒れそうなほど平衡感覚も怪しくなっている。今吉のやる気は一気に消えた。だらしなくぼふんとベッドにしなだれ落ちる。
このまま寝てもいいのだが、一つ気掛かりがあるとすれば後輩のことだった。今吉の席を見ては、来ていないのを確認して溜め息を吐くの繰り返し。その光景がありありと瞼の裏で思い描かれる。あのツンデレを備えながらも自分のことが好きすぎる後輩は、どこか寂しそうに待ち続けるのだろう。一途な忠誠心を理解できないが、それはそれで悪い気分はしない。アホさすら愛おしくなるのは彼女を選んだ弊害か何かか。

「あー、めんど」

喉に痰が絡まっていて、声がかさつく。さらに呼吸する度に喉からひゅーひゅーと音がした。どうにかしたくて思いっきり咳をしたが、そのせいで頭がガンガン痛む。それでも、死ぬのはもう少しあとだ。ゆっくり手を伸ばして、枕の裏で押し潰されていた携帯を握る。人差し指で文字を押すが、目に涙が溜まって視界がぼやけ、指は滑るしかなり苦戦した。ようやく学校を休む旨を伝えるメールを綴り終えたら返信が来る前に体力は尽きた。あかん死ぬ。こういうときは寝るに限る。



「いらないです!」

あーもう叫ぶなや鬱陶しなぁ。思わず眉間に皺が寄って、いつもより声が低なった。それだけでびくつくんやったら、反抗やせんかったらええのに。それはそれでおもんないけど。大体、ヒトが頭痛い言うてるのに自分何考えてんねん。若松やったらドついてるでほんま。

「そ、そうなんですかすみません」

いちいちそないしゅんてせんでええて。せやけど物分かりええ子は嫌いやないで。やからさっさこれ受け取れ言うてるやろ。

「だから、その、いらないですってば」

頑なな態度はもう何日も前から続いとった。しかめっ面して、断固としてソレを受け取ろうとせんみょうじに、ワシは眉根をひそめて息を吐いた。困ったなぁ。そういう態度を滲ませて。そしたらみょうじはちらりとソレを盗み見よった。うっわやっすい芝居に騙されおって。どうせ受け取んねからさっさしたらええのにめんどくさ。こっちとしたら先が分かっとるもんやから早よせえ思うんやけど、この子の意地も解るからなぁ。

「……彼女じゃないんですから」

あんだけヤっといてまだ言うか。

「うっさいですよ!」

やあやあ言うけど、優しいこの子は結局折れるんや。あっまあまやからなー。ワシになんかあったとき、なんやかんやで助けてくれるんはみょうじやから。恭しい仕草でソレをみょうじの手の中に納める。みょうじは黙ったまま手の中のものを見つめていて、何となくソレが返されることはもうないやろなと思った。

「付き合ってるみたいで、やです」

せやろなぁ。やから渡したのに。みょうじの顔めっちゃ不服そうで笑ってしもた。使わんでええよ。持っといてもらうだけでええから。

「?」

自分なんか、とか彼女やない、とか。ワシとしたらそないしていっぱい悩む顔見られたら、花宮やないけど満足や。心を許すいうことを、端的に表すとどないな反応するか。ある意味実験的やった。否定して逃げ回るみょうじを囲い込むための手段を一つ、思いついたさかい試してみた。こないなこと、信用してないとできひんで。結局は早よ認めてまえって、ただそれだけや。



みょうじに助けて貰おうなんて、ほんまは思ってへんかった。

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