朦朧とした意識のなまえをベッドに運び、床に落ちていたティッシュ一箱を掴む。履いたままお互いの体液でびしょ濡れになった下着だけを脱がすと、嫌がるようになまえが身を捩った。何をされるのかわからないなまえは、虚ろな瞳のまま体を起こす。

「まだ、するんですか……」

掠れた声は弱々しかったが、どこか呆れが滲んでいた。今吉はなまえの頭を宥めるように撫でると、軽く押して再びベッドに横たえさせる。今から行われることなど想像もつかないのか、怪訝そうになまえは今吉を見上げた。

「ちゃうよ」
「? そうなんですか?」
「そう。でもあんま声出さんといてや」

我慢できひんようなるから。
そうしてほぐれて柔らかくなった入り口を指先でつぅっと撫でる。

「ふぁっ!」
「ああすまんついクセで」
「……っ、ばっかじゃないんですか!」

ぎろりと悔しそうに睨むも、今吉が余裕たっぷりに笑っているから、なまえは忌々しそうに目線をそらした。そのさながら、嘲るような人の悪い笑みはなまえの見ぬ間に一瞬消える。行為の最中に一回だけなまえに見せた、眉根を少しだけ下げた、困り顔で。
今吉は小さくも苦く笑った。

「――ほんまそうや」



中から白濁を掻き出す度になまえは体を打ち震わせ、声を漏らした。我慢をしろと言われても快感に対して従順にされた体は、相手にそういった意図がなくても逐一反応してしまい体力がますます奪われる。
事後処理を終えたあとは、なまえは顔を枕に押し付けたまま息を荒げ、ぐったりとベッドに沈み込んでいた。なまえの家に備えてあった部屋着に着替え、彼女の隣に腰を下ろすと、神妙な面持ちで今吉は口を開いた。

「すまんかったな」

なまえは不思議そうに顔を上げる。しかし何か喋ろうとすると、しんどそうに咳をした。よしよしと背中を撫でる大きな手が心地好く、なまえは少しだけ目の前の、今しがた手荒く自分を犯した男に擦り寄った。
今吉はなんとも言えない笑みを見せ、なまえの髪をすく。彼女の前でだけひたすら我が儘な自分を許す優しい子。甘やかしているのは決して自分ではなく、なまえの方なのだとこういうときに自覚させられて、やはり離れられないと、思う。

「おかしな子やなぁ」
「?」
「怒ってないん、中出し」

その単語を聞いた途端、なまえはぼふっと顔を赤くする。彼女の様子を眺めながら、よくないと思いながらも罪悪感が薄れていくのを感じた。

「………………先輩がゴム着けてないの、私知ってたんです」
「うん」
「……中にするの、いっかなと思ったのは、」

しどろもどろに答えようとする姿に笑いを耐えながら、その話に耳を澄ませる。

「気持ち良かったからじゃなくてですね、」
「えー気持ち良うなかったん? せやったらワシももうちょい頑張らななぁ」
「違いますっ!」

ついつい茶化してしまうのは最早癖だ。なまえは咄嗟に冗談にも本気で返す。

「じゃあ、気持ち良かった?」
「せんぱいとっ!」

痛む腰を抑え、ゆっくりと体を起こしたなまえはぱくぱくと口を開けては閉じるのを繰り返す。勢いで口を開いたらしいが、それはどうやら彼女の中では失言だったらしい。言うか言うまいかの葛藤が透けて見えたが、そのままなまえの胸の奥に仕舞い込むのはサトリと揶揄される今吉が許さない。

「ワシと、何なん」
「ひゃっ、や!」

指を滑らせ、首筋を擽ると、ぴくんとその身を跳ねさせる。

「言わんとこのまま第二ラウンド突入な」
「――っ! 先輩とするのは、いっつも気持ち良いんですっ! ばか!!」
「っはは! かっわええなぁ自分!」

やけくそに叫んだその台詞があまりにも予想外で、思わず体が動いていた。体格差も何もかも頭から吹っ飛んで、なまえに抱きつきながら二人してベッドにダイブする。頭を打ち付けたのはなまえなのだが、今だけは気にしない。腕を彼女の小さな体に絡ませ、痛いほどにぎゅっと抱き締める。

「私も変だったんです、いっかなと思ったんです!」
「うん」
「こんなにされてるのが私だけなんだって思ったら、なんか、その……」

それから先は本気で恥ずかしくなったのか、声にならない叫びを上げながらなまえは今吉の胸に顔を埋めた。耳まで赤く染める初々しい反応を可愛らしく感じながら、今吉は緩む口元を隠せなくなる。暖かく心地好い何かがいっぱいに広がっていく感覚。この可愛い生物をどうすればいいのかわからない。
あかん、にやける。
今の表情は一生誰にも見せられない。勿論、なまえにも。

「妊娠しても隠さんといてや」
「……っ先輩に、迷惑かかりますもんね」
「アホか、ちゃんと責任とるわ」

ばっといきなり顔を上げたなまえに今吉は面を食らうが、それにも構わず彼女は食い入るように今吉の瞳を見つめる。

「嘘つき」
「こないなことでしょうもない嘘つかんわ」

あまりにも真剣なその色に、今吉はつい息をするのも忘れてしまう。自分の中へと土足で踏み入って、心情全てを浚おうとする。彼女の意図はありありと読み取れた。本来なら許しはしないし、誰が相手でも踏み入れさせはしなかった、はずがこの体たらく。なまえに対して、無意識に自分をさらけだしすぎている。
すうっと固まった二人の空気。数秒かそれとももっと長い時間が過ぎ去っていき、そしてようやくなまえは口を開いた。

「――先輩は優しいですね」
「そうか? ヒトとして当然や思うけど」

そうじゃないです、となまえは柔らかい口調ながらもはっきりと否定する。

「先輩がいっつもちゃんとしてるのは、子供できるのが面倒だからじゃなくて、」

逃げ道を残してくれてるから、ですよね。

綺麗に思考を読み取る賢い後輩に感嘆すると共に、心中は重く、苦々しい気分になる。思わず舌打ちをしそうになった。相対するなまえは空気を読まず、まるで答えを確かめたがる子供のように今吉の言葉を待っている。

「せやかて、お前本気で泣くやろ」

それ以上何も言われたくなくて、きつくきつく今吉はなまえを腕の中に閉じ込める。
女としての全ては明け渡してもらったが、未来を奪ってしまうことは決してしない。悲しく笑うなまえに、どこか負い目を感じながら二人で生きていくのは、きっと苦しい。あっさりと手込めにする方法など山ほど考えたが、今のこの状態が、自身の倫理観も含んで限界だった。全ての行為はなまえのためでなく結局自分のために集約する。狡猾すぎる自分が、一人の女を手に入れるために損得勘定だけで動いた結果――それがヒトとして当然であり、優しいのか、今吉にはわからなかった。

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