時計の針は頂点を越え、そろそろ寝ようかなと思った深夜に突如鳴り響くチャイム。
びくりと驚き、体は固まる。なのに頭は目まぐるしくよく回った。この夜更けに一体誰だろう。出て大丈夫かな。知らない人だったら怖いなぁ。様々なことを想定して次の行動を決めあぐねていたが、その間にもチャイムは絶え間なく鳴り続ける。
ピンポーンピンポーンピンポーン。
この頻度は無視しても、いつまでも鳴るのではないか。

――最悪先輩を呼んだ方が……。

ふと自分の中で思い浮かんだ提案にぎょっとした。なまえの指す「先輩」というのは、彼女が所属する研究室の先輩である今吉翔一のことである。付き合っているのか付き合っていないのか、曖昧な関係をずるずる引きずっている相手だ。
だからこそ、ふっと自然に今吉に頼ろうとしたのがなんだか癪だった。どうせなら警察を呼びたい。そちらの方が至極当然だ。

――いざとなったら110番しよう。

そう心に決めると、このチャイムの嵐を止めなければならない。なまえは恐る恐るインターホンの画面を見た。

「先輩!?」
「出るんおっそいわ自分」

その瞬間に受話器をとっていた。予期せぬ来訪者は散々待たされたにもかかわらず至ってのんびりとしていた。それがなまえをますます焦らせ、考えもせずにマンションのオートロックを解除していた。

「何号室やっけ?」
「えっと、706です」
「りょーかいや」

今吉が画面から消えた途端、部屋を見回した。

――よし、汚くない。綺麗綺麗。

自分に言い聞かせ、そのくせ目についた髪の毛や小さなゴミを捨てていく。そして自分が風呂上がりのためすっぴんだということに気付いたが、こういった関係上今吉には見せることが多々あるため、今さら気にしないことにする。
しかし、胸の下着を着けていないことは大問題だった。適当にひっ掴んで着けようと思ったが、この前上下ばらばらの下着だったときに軽く笑われたのを思い出して手が止まった。しかし、揃えるのも期待しているみたいで嫌だ。
今吉はそれが目的で来たのではないと思いたい。たまにお菓子や夜食を持って遊びに来ることもある。きっとそれだ絶対それだ、となまえは目に入った下着を手に取った。

ピンポーン。

――ちょっと待って先輩!

ピンポーンピンポーンピンポーン。

「みょうじー開けてやー」
「なっ!?」

玄関のドア越しに聞こえる声にぎょっとした。深夜に大声を出すなんて近所迷惑も良いところだ。このまま騒がれたら困る非常に困る、と下着を投げ捨てて急いで玄関に向かう。
そもそも大声を出すなんて行為は、常識は弁えている彼らしくない。今日の今吉はおかしい。なまえの経験上、こういうときは必ず良くないことが起こる。一つ覚悟を決めてドアを開けると、上機嫌そうな今吉が雪崩れ込むようにして入ってきた。

「うっわ酒臭!」
「そう?」
「先輩今日どんだけ飲んだんですか……」
「覚えてへんわそんなん」

一見すると平常時と変わらないのに、漂うアルコールのにおいからも今吉が酔っているのがわかる。しかも後輩の勘からすると、これは相当酔っている。あの焼酎日本酒ウィスキーを水のように飲んでいってもけろりとした顔をしている今吉が。

「どないしたんやー?」

それにしても何故だろう。酔っ払った今吉を見ていると、不安に駆られる。へらへらと笑うその笑顔の下で何を考えているのかいつにも増して読み取れない。まるで目の前に立っているのが、今吉の皮を被った別の生き物のようで、なんだか落ち着かない。

「みょうじー?」
「……み、みず、水持ってきますね先輩。ちょっと待っててくださ、」

玄関から離れようとした瞬間、絡みつくように首に回された腕に言葉が詰まる。予想以上に熱い体に密着し、ふに、と下着を着けていない胸が押し潰される。厚手の生地とはいえたった一枚のキャミソール越しに胸が彼に触れている事実に、顔には出さないが内心焦りまくっていた。

「ただいまみょうじー」
「お、おかえりなさい?」

今吉の甘えるような声音に安心しつつ、ぽんぽんと背中を撫でる。首元に顔を埋め、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる彼の態度に先程の不安が消えようとしたとき。
それは起こった。

「っ、せんぱい!?」

首に回っていたはずの腕がいつのまにか背中を伝い、腰に回される。焦れったく背中を這う手のひらに、首にかかる熱を孕んだ吐息に、体はびくりと震えてしまう。そして今吉が背中の中心辺りを指でなぞると、今度はなまえが腕の力を強くした。

「男来とるのにブラ着けてないとか、誘っとるとしか思えへんで」
「あ、」
「ワシが青峰や花宮やっても同じことしてんやろ」
「違っ、その、これは先輩が騒いだから、慌ててて、着ける暇なくて……」

だったら青峰や花宮が騒いでいても同じなのではないか。結局状況が同じなら、なまえは下着を着けずにいただろう。今吉の言い分はある意味的確だった。言い訳をしながら、なんだか自分が悪いことをしている気分になる。

「酒飲んだら股緩なるし、他の男には色目使うし、基本的に無防備やし、ほんまにもう……」

いきなり体を引き剥がされたと思うと、皮膚に食い込むほど肩を掴まれ、壁に叩きつけられた。

「いたっ!!」

壁に押し付けられ、全く動けない。今吉の腕に手を添えても、すがるような瞳で見つめても、彼の力は弱まる気配を見せない。一連の動作が力任せで、なまえを労ろうとする気が微塵もない。
薄く開いた瞳の中は、今吉が常に隠しているほの暗い感情が垣間見え、改めて酒の力を思い知った。そして何より情欲にまみれた視線に晒されて。
食べられる。
直感的にそう思った。


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