黄瀬涼太に気に入られる。
それは女子にとってとても特別なことである。何故なら黄瀬はモデルで、全国区のバスケ部のエースだからだ。容姿端麗でスポーツもできて、そのくせ気さくないいひと。それが世間一般的な彼の評価であった。当然彼はあらゆる人間の注目の的であり、彼が通ったあとには黄色い声が沸き上がる。黄瀬は文字通りの有名人であり、海常高校の王子様だった。きっと女子なら一度は彼の寵愛を受けたい王子様に愛されてみたいと思うだろう。
彼にとって特別ならば、それは彼女も特別な存在となるのだから。



「黄瀬くんは特別じゃないよ」

黄瀬くんと仲良くなってからというもの、私の生活は少し変化した。友達が増えた。彼のことが知りたくて、私のことがちょっぴり羨ましい女の子達と関わることが多くなった。黄瀬くんにそれを伝えたら申し訳ない顔をして謝られたのを覚えている。それぐらい、薄っぺらい交友関係だった。しかしこれはとても勉強になる。何せ彼女達の発想は私の理解の範疇を超えている。男の人のこと、黄瀬くん以外の男の子の悪口、好きな芸能人の話等々。彼女達の話を望みを聞きながら、世の中いろんな価値観があると再認識させられる。そしてこういう人達はきっとたくさんいる。
円滑なコミュニケーションをはかるためには?
大事なのはノリっスよというアドバイスの下、私は黄瀬くんの真似をして綺麗に完璧に笑ってみた。表情を意識して作るということはとても疲れる。こんなことを黄瀬くんは毎日繰り返しているのか。それは少し悲しい。ちくりと心がなんだか痛む。黄瀬くんの話をするたびに、痛みは積もりに積もって。
ある日その痛みはどろりと膿のように漏れだした。

「なまえっちが怒ることもあるんスね」

屋上に引きこもっていると、黄瀬くんが噂を聞き付けてやってきた。珍しーと面白そうに笑って近付いてくるから、むっとして黄瀬くんを睨んでしまった。こんなのは八つ当たりだ。黄瀬くんは怯んで歩みを止める。また私はそっぽを向いて、腕に顔を埋めた。目を瞑っていても、足音は聞こえる。黄瀬くんが隣に並んで立っていた。黄瀬くんは叱られたわんこみたいにそろそろと私の様子を窺っているのだろう。眉をハの字に垂らして、情けない表情をして。女の子の扱いなんか慣れてるはずなのに不思議な人だ。

「ごめんね」

そう言って顔を上げると黄瀬くんは悲しそうに、そしてどこか悔しそうに顔を歪ませて笑う。

「俺のせいっスね」

黄瀬くんの感情はまっすぐに伝わる。こんなにも綺麗な顔で、心がぎゅっと苦しくなる。彼が人間臭い表情をするのを、彼女達は知っているのだろうか。
みんなが黄瀬くんは格好いいと言う。みんなが黄瀬くんは優しくて良い人だと言う。そんなの嘘だ。黄瀬くんは私が素っ気ない素振りをするとすぐに不安そうに構ってくるし、ちょっと優しくすると嬉しそうに小回りする。格好いいって褒めたらびっくりするぐらい照れるし、格好悪いってけなしたら部屋の隅っこで体育座りして暗いオーラをびんびん放つ。めんどくさいしうざったいのに、可愛いし、優しい。何より面白い人だと思う。
そのくせ思考回路は冷めきっていて、自分の価値も限界も勝手に決めて、毎日だらだらだらだら過ごしている。女の子が告白しに来たことを私に言って、知らない子で怖かったし意味が分からないだの引いただの、正直人間性を疑う発言もしばしば見受けられる。適当に人と接しいて、周囲の人間関係も本当はどうでもいいと思っている。
黄瀬くんはしょうもないただの人間だ。

「黄瀬くんは特別じゃないよ」

むしろ普通の男の子じゃないか。
黄瀬くんは何も言わなかった。ぼうっとどこか遠くを見ているようだ。

「黄瀬くんがそう思われてるのが、嫌だった」

そうやって自分勝手な理想や価値観を押し付けられた結果、毎日毎日黄瀬くんは同じ顔で笑っていた。めんどくさがりな人だから、そんな現実に反発することもなく、淡々と全てをやり過ごしていた。関わりたいと願うなら興味があるなら、きちんと知ろうとしないことは罪だ。付き合ってみるとこんなに面白い人なのに黄瀬くんもみんなも損をしている。

「ありがとう、なまえっち。けど、ごめん」
「え?」

伏し目がちに私を見下ろして、黄瀬くんは私の頭を撫でた。黄瀬くんはにこにこと笑っていた。尻尾があればぱたぱたと大袈裟に振りまくっているところだろう。

「もうなまえだけでいーわ俺」

いきなり呼び捨てされたので何事かと思ったが、目尻も口許も何もかもが緩みきっている。なのに不思議と艶やかに感じてしまう。とろけるぐらい甘やかな笑みを浮かべて、本当っスよと囁かれる。なんだか恥ずかしくなって、腕をぐーで殴った。
私だけの世界なんか、黄瀬くんには勿体ない。

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