「せーんせ」 遠慮のかけらもなくがらりと開かれる扉。呼ばれているのは間違いなく俺で、呼んでいるのは全校生徒約1000人のうちのどれか。 「先生は今出張中です。体調不良者は帰ってください、怪我なら唾つけとけ」 そんな言葉を放ちながら身体を右に倒して古びた天井を見上げる。ああ、白くて冷たいシーツが背中に触れて気持ちいい。 「あれ?…古澤先生、勤務中にそんなおおっぴらに寝てていいの?」 視界の5、6割を支配していたクリーム色のカーテンが開かれ日光と共に笑顔を携えた生徒が入ってくる。 「すべき仕事は終わったからいいんだ。…君は体調不良でもないのに神聖なるこの場所に入るんじゃない、授業に戻れ」 彼は上機嫌に鼻歌なんて歌いながら俺の居座っているベッドへと腰を下ろし、学年色――すなわち青の上履きを床に落とす。 「にしてもさ、古澤先生がここに来てからみんな保健室に寄り付かなくなったよね。なんでか知らないけどすごく好都合」 「…嫌味か?」 すると生徒は端正な顔立ちをこちらへと向けて破顔する。 「まさか!そのおかげで俺はここと先生を独り占め出来そうだし」 ――馬鹿馬鹿しい、こんな生徒に俺のくつろぎタイムを奪われてたまるものか。さっさと追い出そう。 「体調不良でも怪我でもないんだろ。教室戻れ、な?」 嫌々ながら上半身を持ち上げて、彼の肩へと掌を乗せて諭す。そうすると一瞬生徒の瞳が笑った、気がした。 「先生、俺病気かもしれない。…治してくれる?」 面倒くせえ。が、ここを堪えればこいつはいなくなって俺は寝れる。俺は寝れる。 「わかった、症状を言え」 「……俺、先生のこと考えると熱くなるんだよね。ココが」 そうして俺の掌が導かれたのは、熱くたかぶった生徒の中心部。 「…………は?」 「治してくれるんでしょ?」 馬鹿をいえ。 どうして俺がこんな餓鬼の性欲を俺が処理しなければならないんだ、どうして、俺が。 「はやく、先生。それとももうそんな体力なかったりする?嫌だね、年は重ねたくないなあ」 俺の感情を感じ取ったのか、放たれる挑発。そうとわかっていても乗らずにはいられない。そう、ここで引いてはホモの名が廃るというものだ。 「……立てなくなっても知らないぞ、問答無用で終わったらここから出て行けよ」 「あは、勿論」 *** 「やっぱ、腰立たなくなった?」 「………ぐ、」 くそ、くそ、くそ。 こいつは何なんだ、一体。 「先生もあんまりたいしたことないわけだ」 仰向けに寝そべる俺の頬に掛かる黒髪。掠れた声に、力無くも余裕げな笑顔。 「…っお前本当に人間かよ、つーか」 「ん……ッふ、歴とした人間だよ…?」 そいつは自分で腰を持ち上げ、俺のすっかり萎えきったそれを窮屈な内壁から解放した。同時に白濁色の液体が溢れ出した気もしたが、それに関しては無視の方向で。 そして倦怠感を微塵も感じさせない仕草でてきぱきと自身の乱れた衣服を整えると、ベッドを降りて。 「……?おい、どっか行くのか」「え?だって次は、えある先生の授業だから」 く、と眉間の距離が狭まるのがわかった。おいおい、どうした俺。 「あーそうかよ、じゃあな」 「んー」 上履きの踵を踏んで、すたすたと渇いた音を伴いながら去り行く背中。それを見ていたら、 「おい、お前。」 声が抑えられなかった。 「なあに?」 「…名前、くらい言ってけよ」 肩越しにこちらを見つめる瞳。そこだけは先程までの熱っぽさの名残が残っていた。 「…じゃあ、どれすとで」 「は?」 「まったねー先生」 どれ、すと? 思いもよらぬ返答に思わず次の言葉を忘れた俺を置いて、涼しげなその背中は見えなくなった。 「どれす、と。…―――」 窓から差し込むやけに平和な陽の光とか、グラウンドから聞こえる生徒たちの声とか、生徒に搾り尽くされて情けなく横たわったままの自分とか。 馬鹿馬鹿しくて、可笑しくて、たまらなかった。 「――…糞餓鬼。」 title by @LEMON_88 |