夜が深まれば深まるほどそれに抗うよう輝くネオン、賑わう街。 人々が忙しくすれ違う道の上をとある一人の女もまた他と同じようにその顔に表情を点さず歩く、歩く。 ただ彼女が人と違うことと言えば彼女は実は"彼女"ではなく、男でありながら異性の衣服に髪型に身を包んで素性を隠しているということ。 ――…さて。 女装して街に出たものの、大してすることもないかな。 「お姉さんお姉さん」 後ろから掛けられる声に振り向く彼女――もとい、青年。 「今、一人?」 「……………」 声を出したら、ばれるだろうか。否、ばれたらばれたで彼の驚いた表情が見れるだろうからそれもまたいいかもしれない。 「友達とか待ってんの?」 「…あー、えっと……ッ?」 無意識下で口許に微笑を携えると何かしらの言葉を発しようとしたそこから漏れたのは、息を飲む音。 「お、男…?」 彼の正体に感づいた男はそれ以上の関わりを持たぬようにと足早に雑踏の中に紛れていった。 女装最中の彼はというと、慣れぬハイヒールに足を取られて地面へと座り込んで仕舞っていた。 「…あーあ、せっかくの好機を……」 名残惜しげに人混みを眺める彼に再び、声が掛かった。 「…大丈夫、転んだ?」 差し出された掌、それを取りながら視線をゆっくり上げる。 その掌の持ち主は、スーツを着た年上の優男風の男性。 目許を細めて口角を上げ、笑顔を向ける青年。 「怪我はない?」 頷きながら、頭を回転させる。 先程中途半端なまま彼を逃して仕舞って不完全燃焼なことだし、このリーマンと遊ぼうかな。…あわよくば、俺に溺れさせて男でしかイけない身体にしたいよね。 繋がれたままの手を引いて裏道のホテル街、ホテルの中にまで連れて行く。戸惑い、困惑する彼を見るのもまた一興。 到着した、一室。 沈黙を破るのは、やはり優男風の年上の男。 「……え、っと?意味が解らないんだけど…?」 混乱を紡ぎ出す唇へと人差し指を宛がい、制する。 その指先を滑らせ緩やかに髪を撫でて、慈しむように重ねる唇。 「ん、……」 呆然と動かぬ唇を、その中を一方的に舌先を用いて愛撫する。ひとしきり体温を味わった後、銀色の糸が二人を繋ぐのも気にせずに彼は頭頂部に掌を乗せずるりと下ろした。 「うわ………君、さぁ」 「うん」 「…男なんだ……?」 「うん、萎えた?」 無邪気な笑みを浮かべて彼は、桃色に彩られたベッドに腰を下ろす。 スーツの男といえば、ネクタイを緩めながら身体を屈め。 「……残念だけど、青年」 室内の空気を、鼓膜を震わせる声音を紡ぎ。 「守備範囲、だよ」 仄かに色付く唇は、三日月を描いた。 あ、 もしかして やばいかも 溺れ、る。 |