「タイムマシンはね、理論上なら作れるの」
「どういうこと?」
「光より、早く動けばいいの」
簡潔に答えられた彼女の言葉を、俺は理解することが出来ず、ただただ首を傾げる。
彼女はそんな俺に呆れることなく、優しく微笑んで説明してくれた。
「今見えてる星はね、遠く遠く――何光年も離れたところにあるの。だから、今見ている星は何億年も前の光かもしれないし、もしかしたら、滅んでいるのかもしれない」
「それは聞いたことある……けど、それとタイムマシンは何の関係があるんだ?」
「光より早く動くことが出来れば、滅びる前の星を見ることが出来る。まだ生きている時の星――つまり、その星の『過去』を見れるの!」
「まぁ、わかるような……」
爛々と瞳を輝かして語る彼女の言葉は、全く意味がわからなかったが、少しだけ見栄を張った。子どもだと思われたくなかった。
彼女はそんな俺に気付いているのかいないのか、変わらず嬉しそうに話し続ける。
「光より早く動ける機械さえ出来れば、タイムマシンは作れるのよ!」
「へー……」
「……でも、今の技術では、光より早く動く機械は作れないの……」
うっとりと夢を見る表情は消え、今度はしゅんとうなだれる。ころころと表情が変わり、見ていて飽きないなといつも思う。
大人っぽい見た目に反して子どもっぽい内面。俺より年上なのに、年下のように思える時さえある。
そのギャップに惹かれてしまってからはもう想いは止められなかった。気付いたら彼女ばかり目で追い、少しでも近くにいる為に同じ部活にも入った。
だけど年の差は縮まることなく、彼女は俺を『子ども』としてしか見てくれず、ついに彼女との離別がやってきた。
そう、今日は、彼女がこの学校からいなくなる日。
「秦野」
「もう、いつも言ってるでしょ! ちゃんと先……」
「俺、科学者になってタイムマシン作るよ」
「……え?」
「秦野が言ったんだろ、タイムマシンは作れるって」
「でも、それは理論上の話よ?」
突然の俺の話に、彼女は戸惑いを隠せず言う。だけど俺は彼女の言葉をあえて無視して話を進めていく。
「もし、タイムマシンが出来たらさ、俺と同い年の秦野に会いに行ってもいい?」
縮まらない年の差。俺が一つ年をとれば、彼女も一つ年をとる。
だけど、同い年の彼女に会いに行けば、俺と彼女の年の差はなくなる。
――もし同じクラスだったら……。
そんな叶うはずのない願望が叶うのなら、俺にも望みがあるのかもしれない。
真剣な俺に反して、彼女は面白そうにふふっと笑い声を漏らす。
「でも、今の明くんと同い年の私に会えたとしても、その時あなたはおじさんかもしれないわ?」
「……そう、か」
何故今の技術でタイムマシンが作れないのだろう。今、昔の彼女に会えれば、同い年として生活を送っていれば。
もっと、出会うのが早ければ……。
そんな我儘な思考で頭が埋め尽くされ、やり場のない思いだけが募っていく。
「でも嬉しい。私の話をそんな真剣に聞いてくれて」
「好きだからな」
――秦野が。
「そっか、だから技術も良い点数取ってたのね」
その言葉を隠して笑えば、彼女も屈託無く笑う。
「じゃあ、私はもう行くわ」
聞きたくない言葉が彼女の口から出た。
俺もそろそろ覚悟を決めなければいけない。
「秦野」
「ん?」
「秦野のお陰で学校がとても楽しかった。部活も楽しかった。技術も好きになった」
子どものようなありきたりな感想。それでも、真剣に話す俺を、彼女は嘲笑うことなく微笑んで聞いてくれる。
「大嫌いな勉強も頑張れた。友達も出来た。学校が好きになった。行事もクラスみんなで頑張れた。みんなみんな、秦野のおかげだ」
「そんな、」
「ありがとう!!」
精一杯の感謝を告げれば、秦野は目に涙を浮かべてとても嬉しそうに笑った。
その笑顔は、今まで見た中で一番綺麗な笑顔だった。
「私も、とても楽しかったわ!」
同じように叫んだ彼女の瞳から、ほろりと落ちた涙。堰を切ったようにほろりほろりと溢れて落ちていく。
俺の胸も温かいもので満ち、それが溢れるように頬を生温かいものが伝っていく。
「最後に、握手してくれ」
「ええ」
ぎゅっとお互いの左手を強く握り合う。
「秦野のことが、好きだった」
「……ありがとう……っ!」
それ以上、何も言わない。彼女も何も言わない。
彼女の左手の薬指が銀色にきらりと光、握り合った手がするりと離れた。
彼女はもう一度「ありがとう」と呟くと、くるりと後ろを向き歩いて行ってしまった。
「ありがとう、秦野先生」
誰もいなくなった廊下に、ぽつりと呟いて、俺も歩き出した。