あたし+おれ=
・チェルシーとユーリ(チェルシー導入話)
気弱で自己主張の出来ない少女は、昔からイジメの標的になることが多かった。
やり返すことは出来なくても、せめて無反応を決め込んでいたならば、エスカレートすることはなかったのだろう。
しかし少女はふるふると小動物のように震え、瞳に涙を溜めて耐えてしまう。大声をあげて泣かない、それが逆に彼女等の加虐心に火をつけてしまう。
少女には、少女を愛してくれる家族がいた。だからこそ少女は生きていられた。それでも、心は少しずつ蝕まれていき、ついに壊れてしまった。
「がはっ!」
「ふん、口ほどにもねぇな」
イジメてたグループのリーダーの女を踏み付けているのは、昨日まで標的であったはずの少女だった。
いや、姿形こそ少女と同じだが、目深に被った黒いフードから覗く瞳には明確な殺意が宿り、口調も普段の少女からはかけ離れた乱暴なものであった。
「も……、やめ……っうぐ!!」
「うるせぇ。チェルが受けた痛みはこんなもんじゃねぇ」
「あんたは、一体……」
「俺はユーリ。チェルの代わりにお前らを仕返しにきてやったぜ?」
そこで初めて彼女達は、少女が別人であると気付いた。少女に双子がいると聞いたことはなかったが、目の前で笑う瓜二つの少女――いや、少年は、双子以外の何者だろうか。
「止めんなよ。チェルだって許せねぇだろ? ……わかったから、泣くなよ……」
少年は彼女らではない誰かに話しかけると、渋々と少年は足を彼女の上から退かした。
「今日はこのくらいで勘弁してやる。だが次チェルに手ー出したら――殺すからな」
少年は静かに、でも有無を言わせぬ程強く告げると、無言でこくこくと頷く彼女に一瞥もくれずにその場を歩いていった。
「ごめんね、ユーリ……」
『あれでいいのかよ。あんな奴等、殺したって……』
「いいの」
先程の少年は姿を消し、代わりにそこには少女がいた。誰も気付くことはなかったが、あの場にいたのは少年であり、少女でもあったのだ。
ユーリとは少女――チェルシーの中に在るもう一つの人格の名である。
いつからユーリがいるのか、正確なところはチェルシーにも分かっていない。気付けば自分の中にユーリが在た。
『あんな奴等に虐められるくせに、この先やってけるのか?』
「……」
『分かってんのか? お前が進む道に何があるのか』
「うん……。あたしは、これから戦争をしにいくの」
『戦争は、お前が思ってる以上に凄惨なものだ』
「分かってる! ……分かってるよ……。でも、あたしは……」
強くなりたい。
ユーリにすら主張することの少ないチェルシーが、そうはっきりと言った。流石のユーリもそれに反論することは出来なくて、ぶつぶつ文句を言っていたが、やがて口を噤んだ。
(ごめんね、ユーリ。あたしが頼るから、ユーリは在るのに、あたしはあたしの勝手でユーリを消そうとしてるの)
『……泣くなよ』
「泣いて、ないよ」
――あたしとは真逆のユーリ。ユーリは、元々あたしの中にあったものなのだろうか。
いつか、少年が消えるのか。2人は1人に統合されるのか。
それは、誰にもわからない。