出来損ないヒーロー




・那由と妃咲(那由導入話)



『いくとこないの? なら、ぼくのうちくる?』


少年が差し出した手を、少女は戸惑いながら見つめていた。少女は視線を少年の手から顔へ移す。
ぱちり。絡み合った瞳。
少女の瞳には、疑惑と、困惑と、ほんの少しの期待があった。


『ほら!』


痺れを切らしたのか、少年はやや強引に少女の手を引いた。


『ぼくは、なゆ。きみは?』

『…………きさき』

『よろしくね! きさき!』

『……うん』



――その時、何故彼女を助けたのか、よくわからない。おそらく、捨てられてる犬や猫を拾う感覚に近かったのだと思う。






オレは誰もいない薄暗い教室の自席に一人座っていた。予想が正しければ、もうすぐ妃咲が、教室に駆け込んでくるだろう。
今日、学校に申請を出した。急なことで担任は驚いていたが、妃咲が行くと決めたあの日から、オレの心もすでに決まっていた。



「セナン国立魔法学院……か」



ぽつりと呟いた言葉は、誰の耳に入ることなく暗闇に溶けて消えた。
肩肘を机につき、だらしなく頬を乗せる。ふと思い出していた幼い頃の自分と妃咲に、また意識を戻した。





――犬や猫を拾う感覚で人間を拾った。その常識外れな行動が通用してしまう程に、我が家にはお金も場所もあった。
父も母も驚いてはいたが、再び捨ててこい、とは言わず、その家に置くことを許可してくれたのだ。
それは、家になかなか帰れない両親が、ペットを与えるように、一種の罪滅ぼしではないかと今なら思える。



『きさき、ごはんだよ!』

『ご、はん……』

『たべたあとは、おふろはいってね! それから、あたらしいおようふくとかいっぱいあるよ!』

『いい、の?』

『うん! なにかあったらぼくにいってね!』

『わたし、また、ひとりになるの……こわい……っ』



妃咲は俯いて、小さく呟いた。その言葉が震えていて、小さな身体(といっても僕と大差はないけれど)も震えていて、僕は思わず彼女の手を握った。



『だいじょうぶ! ぼくが、ずっといっしょにいる!』



――妃咲の涙を見たのは、後にも先にも、この日だけだった。


――何かを期待していたわけじゃない。でも、あの頃の自分は、確かに妃咲を救ったと思っていた。まるでヒーローにでもなった気分でいたのだ。妃咲が負った心の傷の深さに気付かず、妃咲がどれだけ世の中の醜さを見ていたかなんて、綺麗な世界で生きていたオレには想像も出来なかった。







「那由くん!!」


自分を呼ぶ声で、意識が現実に戻ってきた。ドアの方を見れば、予想通り眉を吊り上げた妃咲が立っていた。



「なに?」

「なに、じゃないです! どうして貴方まで来んですか!」



肩で息をしながら捲し立てる彼女に少し驚いた。ここ最近は、作られた感情か、無表情しか見てなかったから。それほど彼女には衝撃的だったのだろう。
オレも、セナン国立魔法学院に入ることが。


「なんでですか……? 私が行くから?」

「いや、妃咲は関係ない。オレが自分で決めたことだ」

「あそこは、戦争をしに行く場所です。那由くんに戦えるとは思えません!」

「確かに素早さ、戦闘センスではお前には適わない。でも、オレの方が魔法センスは上だろ? オレだって、この国の為に戦いたいんだよ」


お国の為に、なんて素敵だろ?


そう言うと、妃咲は黙って俯いてしまった。小さく、そんなの綺麗事……と呟く声が聞こえたが、聞こえなかったふりをして無視をする。
自分が未だに世界の綺麗なところを信じてるのはわかってる。未だに妃咲のヒーローになることを夢見てることもわかってる。それでも、世界の綺麗なところを妃咲にも信じて欲しい。
作った話し方、作った感情。そして手に入れた絶対的な仲間。でもそれは利用出来る人であり、けして信頼出来る人ではない。妃咲と仲間の間には、一線どころか埋められない溝があることだろう。
10年掛けて、オレの前だけでは素を見せてくれるようになった。そこには信頼関係もある。
だけどこの先、妃咲を独りにしていいのだろうか。いいわけがない。世界の汚いところしか知らない、信じない妃咲は、きっと壊れてしまう。
いつか妃咲が、みんなの前で普通に過ごせるようになるまで、側を離れるわけにはいかない。
これは、妃咲を拾ったオレの責任だ。



――オレは未だに、妃咲のヒーローになることを夢見てるのだ。





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