花の名前




・フリージアちゃんと凪音



彼女は小さな花が咲いた鉢植えを持って彼の元を訪れた。
彼女は鉢植えを見ながら、漸く花が咲いたのよ、と笑った。
誇らしげに言う彼女に彼はただ一言、良かったな、と言った。
その口ぶりから、彼がその花に全く興味がないことがわかる。それでも彼女は得意げな笑みを浮かべ続けた。
彼はそんな彼女の顔を見て首を傾げつつ問う。
育てるのが大変な花なのか、と。
彼女は首を横に振り、そんなに難しくはないわと笑う。
どうして持ってきたんだ。いかにも腑に落ちないという表情で彼は言う。彼女はその言葉を待ってましたとばかり、彼に鉢植えを差し出した。
私と同じ名前なの。
彼はそこで初めてその花をまじまじと見つめた。
黄色の小さな花。それは目の前の彼女から受ける印象とは異なっていたが、不思議とそれを馬鹿にする気にはならなかった。
彼女は用はそれだけ、というように鉢植えを窓際に置き、彼の元を後にした。








それから幾日か過ぎたある日、彼と彼女が共に町を歩いている時だった。
彼は唐突にあ、と声を上げた。
彼女は何事かと彼を見上げた。
この間の花だ、と彼はぼそりと呟く。彼女は彼の視線を辿り、漸くその意味を悟った。
彼の視線の先には花屋が――前に彼女が部屋に置いていった黄色の花があった。それは彼女と同じ名前の花。
ちゃんと世話してくれていたのね。
からかうように彼女は言った。彼は今の呟きがしっかり彼女に届いていたことに気付き、バツの悪い顔をした。
同じ名前の花、枯れさせるわけにはいかないだろ。
どこか拗ねたような口調。彼女はほくそ笑んだ。
彼はそれを馬鹿にされていると感じたのだろう。眉間に皺がより、花から視線をそらしてそっぽ向いてしまった。

彼女は知っていた。
彼の優しさを。
自分と同じ名前を持つ花を、彼が枯らすわけがないことを。
全てわかった上で、あえて彼の部屋に置いていったのだから。
でも彼女は何も言わなかった。彼も何も聞かなかった。
だから彼は、最期まで彼女の意図に気付くことはなかった。


拗ねたような、怒ったような彼を横目に彼女は微笑んだ。とても綺麗な微笑みだった。
そして彼に告げた。









「あ……」


彼は黄色の小さな花を見つめた。
あの日の彼女の姿を思い出す。
あの花を見るたびに記憶は鮮やかに蘇り、彼を支配する。
未だに彼女を忘れさせてくれない。
彼女がただ一つ彼に教えた花の名。



『忘れないでね。花は毎年必ず咲くのよ』


「フリージア」



それは、甘く切ない呪縛。
未だに彼を縛って離さない。





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