対義語で類義語
・琥翼と天音
「天音。正義と悪は対義語であり、類義語であるんだよ」
「反対なのに、似ているの?」
「ああ。なぁ天音。人を殺すのは正義と悪、どっち?」
「悪だよ!」
「そうだな。じゃあ、例えばな。AさんがBさんを叩きました。悪いのはどっち?」
「え? Aさんでしょ?」
「じゃあ、その前にBさんがAさんの悪口を言っていたとしたら?」
「うーん……。それはBさんが悪いような……。でも、だからって叩いていい理由にはならないよね」
「そうだね。じゃあその前に、CさんがAさんに『そんな悪い奴ならやり返してやりなよ。君がやらないなら、私が殺してあげる』と物騒なやり取りがあったとしたら?」
「んん?? Aさんが叩かなきゃCさんがBさんを殺してたかもしれないってこと? それはCさんも良くないよね」
「誰が、1番悪いと思う?」
「わからない……」
「じゃあ質問を変えようか。凪音が敵に命を狙われています。さぁ、どうしようか」
「え……、守る、よ?」
「もし凪音が先に相手の家族を殺していたとしたら? 『キミが悪いから』と見捨てるか?」
「見捨てられない、けど、凪も悪いよね」
「『仕方ないだろ。あいつを殺さないと、お前が殺されていたかもしれないんだ』」
「あう……」
「最初の質問に戻ろうか。天音。人を殺すのは正義か悪、どっち?」
「……っ」
答えられない。じわりと涙が滲み、視界がぼやけていく。
悲しいわけでも、苦しいわけでもない。琥翼にいじめられてるとも思ってはいない。
悔し涙に近いけれどどれも違う気がした。
琥翼はわかっているのか、泣くなとも言わず、理由も聞かず、ただ困ったように笑った。
「それが戦争なんだ。誰もが加害者であり被害者である。自分が傷付けた者が、誰かの大切な人であることを忘れてはいけない。だから天音。『正義』という言葉に逃げたらダメだよ」
ボクは何も言葉を返せず俯いた。じわりじわりと滲んだ涙は溢れ、頬を伝い落ちていく。
漏れる嗚咽を噛み殺し、涙よ止まれ、と爪が食い込む程強く拳を握った。
「ごめんな」
呟かれた言葉と共に、温かい腕に包まれた。
久しぶりに感じた温もりに、また涙が溢れた。