紅く散るは




・楓と月夜(楓導入話)





自分の最も信頼する先生が言うがままに人を傷付けてきた。
今まで何人もの人を傷付けてきたのだろう。
そう振り返ることはあっても、先生の言葉に疑問も反発も抱かない。
楓の中に、先生を拒絶するという意思は存在していない。



「楓」

「せんせー!」



名前を呼ばれて勢いよく振り返る。振り返らなくてもその声の主が誰だか楓にはわかっていた。それでも先生に呼ばれると、楓は必ず笑顔で振り返る。
先生に名前を呼ばれるのは好き。この世で最も信頼する人だから。



「頼みがある」

「せんせーの頼みなら、何でも聞くの!」



『頼みがある』
その一言を聞いただけで、楓の心は決まる。その頼みがどんなことでも受け入れると。
それが、都合の良い言葉だと知りながら。



「カレイドスコープに参加して欲しい」



つまりそれは人を傷付けてこいということ。誰かを傷付け、誰かの命を奪うということ。そして、自分も傷付き、最悪死に至るかもしれないということ。
先生はもちろんのこと、楓にもそのことはよく理解出来ていた。
戦争とはどういうものか、そこがどんなに殺伐としたところか、狭い世界にいる楓にはわからない。それでも、そこに『死』があることだけは知っていた。
しかし、楓に迷いなどなかった。真っ直ぐに先生の瞳を見つめ頷く。
先生は、ありがとう、と楓の頭を優しく撫でた。








「つーたん。少しの間お別れなの」



荷造りが終わり、時間まで適当にふらついていた楓は、窓から外を見つめる月夜に声を掛けた。



「いいの?」

「いいの」



表情一つ変えずに月夜はたった一言そう言った。楓も短く返す。
表情の変化も言葉も少ない月夜の、その短い問いに込められた意味には気付いているつもりだ。
月夜もそれ以上言葉を重ねず、じっと赤い瞳で楓を見つめる。



「カエがどう思っているか、つーたんはよぉくわかると思うの!」


「……うん」

「これ見てほしいの」



楓がそっと差し出したのは、まだ緑色の楓の葉だった。月夜の顔の前で指先でくるくると回す。



「カエはね、緑のままは嫌なの。赤くなりたいの」



楓の葉。
そう聞いてほとんどの人が思い浮かべるのは、赤だろう。
赤、紅、緋。真っ赤。


楓が真っ赤に色付いて、人々の心にその赤を刻み込むように、誰かの心に『楓』を残したい。



「それがカエの、細やかで大きな願いなの!」



にーっこりと屈託無い笑顔を楓は浮かべ、窓から緑の楓の葉を落とした。




――紅く散るは、楓の葉






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