楽しんだもの勝ち




・凪音と天音、琥翼と梨世先生




1年に1度。瀬南で行われる大きな秋祭り。千桜凪音は幼い頃より毎年訪れている祭りだったが、今年は今までにない盛り上がりを見せていた。
それもそのはず。今年はカレイドスコープ開催年だから。
戦闘行為は原則禁止とされ、表上は平和な祭りとなっているが、どの参加者もこの祭りの最中でしか手に入らない情報を手に入れようと躍起になっていることだろう。
例に洩れず凪音もその1人だった。毎年幼馴染みであり従姉でもある千桜天音と屋台制覇をすべく駆け回っているのだが、今年に限りそれは止めるべきかもしれない。
凪音は1人で椅子に座り、深い溜息を吐く。
だから、部屋の戸が開けられ、誰かが入ってきたことにも気付けなかった。



「凪、早く! 最初はカキ氷から行くよ!」




待ちきれない、といった様子で凪音の背中に飛びついてきたのは、件の千桜天音だった。
天音は早く早くと凪音を急かす。その姿から今年も屋台制覇に燃えていることは容易く想像出来た。



――お前はカレイドスコープのことをちゃんと考えているのか。



いつかのように問い詰めたい気もしたが、食べ物を想像して目を輝かせる天音に、何を聞いても無駄だろうと凪音はまた溜め息を吐いた。



「はぁ……。ほら、行くぞ。どうせ全部の食べ物を食べて回るんだろ」

「食べ物だけじゃないよ! ちゃんとヨーヨー釣りとか射的とか、いーっぱい遊ぶんだから!」

「はいはい」

「それに、桜色の硝子の紅葉、どっちが先に見つけるかも競争だからね!」

「……へー。お前も一応考えてはいるんだ」

「何その顔! ボクだってちゃーんと考えてますぅ! それに、こーいうのは楽しんだもん勝ちだよ!」



楽しんだもん勝ちとはよく言ったものだと。そしてその言葉は自分達の為にあるのではないかと。
そう思い、ほんの少しだけ天音を見直した凪音は、急いで祭り会場へと飛び出して行った。



***



人の波を縫いながら半数程の屋台を回った時だった。
屋台の裏の少し寂れた場所に、見知った姿を見かけ、天音の腕を引き近づく。



「あら、千桜クン達じゃない」

「お! 今年も屋台制覇してんのか」

「あー! こよに……じゃなくて、せんせーと梨世先生ー、こんばんわ!」



見知った人物――凪音達が通う学校の体育教師であり、天音の兄である流先琥翼と、同じ学校の養護教諭である英梨世もすぐに2人に気付き軽い挨拶を交わす。



「2人はこんなところで何してるの?」

「デートだろ」

「ただの見回りだバカ」

「いって! ……サボってんの学校に言いつけるぞ」

「サボってねぇよ! 今は、その、そう! 休憩してるだけだから!」

「あら、そのわりにはたこ焼きや焼きそば買ったり、金魚すくいしたりと、ずいぶん楽しんでたみたいだけど?」

「ちょ、英先生どっちの味方……じゃなくて! ほ、ほら! 英先生の分もちゃんとあるから!」

「うわー、やっぱりサボりだー!!」



3人に責められ、慌てた琥翼は、なら一緒にいた英先生もサボりになるぞ!と梨世のことを巻き込もうとするも、私は流先先生が遊んでる間も周りを見てたわ。と一蹴され、益々項垂れる結果となった。



「ボクは口止め料として、リンゴ飴を要求する!」

「俺ラムネな」

「はいはい。英先生は何かいるか?」

「私は遠慮しとくわ」

「じゃあ、俺と天音で買ってくるから、2人でそこで待ってて……って、おい! 待て天音!」



琥翼はそう言い残すと、はしゃいで駆けていく天音を追って走っていった。
凪音はそんな2人の後ろ姿を見ていたが、何気なく隣に並んだ梨世の顔に視線を移すと、寂しそうな表情で2人を見ていることに気付いた。



「――……何、じっと見て。私の顔に何かついてる?」

「……いや、なんか一瞬寂しそうに見えたんで」

「そう? ただ仲良しだと感心してただけよ」

「そうですか」

「他人事のような顔してるけど、千桜クンも含めてだからね」

「……まぁ腐れ縁ですから」

「どんな縁にしろ、一緒にいられる時を大事にした方がいいと思うわ。……あの子を置いてきた私が、偉そうに言えることじゃないのだけれど……」

「え?」



最後の声は小さすぎて凪音の耳には届かず、聞き返すが梨世はゆるく首を振って笑うだけだった。
そこで会話は途切れてしまい、また視線を2人して人混みに戻す。



「本当は、連れてきてあげたかったんだけどね……」



ぽつりと呟かれた声は、今度は凪音の耳に届いた。
梨世は変わらず視線を前に向けたままで、凪音へ向けた言葉ではなかったことはすぐにわかった。



「誰を、連れてきたかったんですか?」



それでも聞かずにはいられなかった。
深く聞かれたくないことはなんとなくわかっていたが、興味の方が勝ってしまった。
梨世ははっとしたような顔で凪音を見つめたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。



「そうね、機会があったらあなた達にも紹介するわ」

「――なーぎー! 見てー! おじさんがオマケしてくれたよー!」

「天音! だから1人で行くなって! 迷子になったらどうすんだ!」



タイミングが良いというべきか、悪いというべきか、買いに行った2人が帰ってきて、会話はそこで終了となってしまった。



「おじさんがね、ボク達のこと覚えてくれてて、今年はオマケだよって! 先生にもあげる!」

「あら、ありがとう。……それよりあなた達は遊んでていいの?」

「そういえば、今日限定で手に入る情報があるんだってな。俺が言うのも何だが、探さなくていいのか?」

「じゃじゃーん!」


教師2人の心配そうな顔に、天音は誇らしげな顔でポケットからある物を取り出す。そこには桜色をした硝子の紅葉があった。もちろん凪音のポケットにも同じ物が入っている。



「心配いらねぇよ。ちゃんと見つけてあるから」

「そうそ…………ってあれ! 噂の情報屋さんじゃない!?」

「――っ追いかけるぞ!!」

「2人ともバイバーイ!」

「おー、待たなー!」

「気をつけるのよ」



天音が指差す先を見ると、目深にローブを被った人影がいた。噂に聞いていた情報屋の姿と一致する。
凪音と天音は挨拶もそこそこに、その情報屋を追って走っていった。



***



「何て言われた?」

「『咲き誇る花々に囲まれた泉、そこで光の魔女と会える――貴方にとって重要な鍵になることでしょう』だって」

「そうか。俺は『あなたも、あなたの大切な人も憎むべき人も全てあるべき姿であるべき役割を果たしているだけです』って言われた」

「バラバラだね。全部でいくつあるんだろう?」

「さぁな。それはまた学校行ってから情報交換するしかないな」



無事に情報を交換してもらった2人は、周りに人がいないことを確認し、お互いの情報を共有していた。



「そうだね。じゃあ、今度はたこ焼き食べに行こ?」

「はぁ? あんなに食ったのにまだ食う気かよ……」

「いいの! ボクはまだまだ食べれるんだから!」



天音に強引に腕を引かれ、無理矢理立たされる。



「悩んでてもしょーがないことを悩むのは、凪の悪いとこだよ! ボク、最初に言ったよ。楽しんだもん勝ちだって!」

「――そうだったな」



残りの屋台を巡る為に、凪音は再び喧騒の中に戻っていった。


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