ある少女の絵本




・月夜(導入話)




「信じれば、夢は叶うのよ」



優しく語りかける母。無垢な少女は、その言葉を信じていました。
大好きな母。父はいませんでしたが、少女は幸せでした。
でも、そんな幸せも長くは続きませんでした。




「必ず、迎えにくるからね……!」



母は、泣きながら少女の手を握りました。少女は母を見つめて微笑みました。



「まってるね」



でも、少女は知ってしまったのです。母が嘘を吐いていると。自分を迎えになど来ないと。
少女は小さくなる母の背中を見つめて、小さく呟きました。



「うそつき」



少女は、信じるのをやめました。




それからの日々は、まさに地獄でした。
痛いこと、苦しいこと、辛いことの連続でした。



どんなに泣いても、誰も助けてはくれませんでした。

少女は、泣くのをやめました。


どんなに笑っても、笑い返してくれる人はいませんでした。

少女は、笑うのをやめました。


どんなに叫んでも、答えてくれる人はいませんでした。

少女は、話すのをやめました。


どんなに逃げても、帰る場所はありませんでした。

少女は、逃げるのをやめました。



少女は感情を捨て、ただ呼吸を繰り返すだけの人形になりました。


同じ被験体がいなくなるのを見て、少女は思いました。自分が帰る場所は、一つしかないと。


そして、少女は、生きるのを――











「バカね」



突然現れた“彼女”は、そう言って少女の頬を摘みました。



「笑いたい時に笑って、泣きたい時に泣くの。それが人間でしょ?」

「……」

「ほら、早く何か言わないと、ほっぺたなくなるわよ」

「……………………ぃ、ひゃい」

「それだけじゃわからないわ。どうしてほしいの?」

「やめ、て」



容赦なく与えられる痛みに、少女は久しぶりに声を出しました。ただ、少女を虐げる為に与えられる痛みなら、少女は声を発することはなかったでしょう。
でも、彼女の瞳を真正面から覗き込んだ少女は、気付いてしまったのです。
彼女の思いを。




「そう、きちんと声で伝えなさい。あんたの言葉は、私がきちんと受け止めるから」



少女の頬から手を離した彼女は、優しく微笑み、少女の頬を優しく摩りました。



「今日からあんたの担当になる、英梨世よ。よろしくね、月夜」






少女は、生きるのをやめられませんでした。



それから、少女と彼女はいつも一緒でした。
相変わらず感情も表情も乏しい少女でしたが、少しずつ、少しずつ自分を取り戻していきました。


でも、その幸せも、長くは続きませんでした。





「…………ごめんね」

「……」

「ごめん、なさい」



強気な彼女らしくない、暗い表情、か細い声、俯く姿。
少女は、そんな彼女を見つめ、静かに言いました。




「うそつき」




彼女は、泣きそうに顔を歪めました。それでも「そうね」と歪な笑みを浮かべ、少女から離れていきました。



「うそつき……!!」




『月夜、約束しよう』

『約束?』

『そう。いつか、2人で――』



「うそつき!!!」



少女の瞳から、透明な雫が一筋――……



――ぱたん



少女は静かに絵本を閉じた。



「つまんない」



それでも、その物語は、まだ終わらないのです。










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