それは希望という錯覚
・÷満月と尊斗と縹ちゃん
「みつき」
「みーくん?」
弱々しい尊斗の声が聞こえ、満月は後ろを振り返る。尊斗は下を向き、その表情を伺うことは出来ない。
「どうしたの?」
「ごめん」
「え? な、なにが?」
「ごめん」
ただそれだけを繰り返す尊斗を不審に思い、一歩近付いた時だった。
カツン、と何かが落ちる音がした。見ると、そこにはポケットから滑り落ちたであろうポケベルがあった。
今は尊斗の方が優先だ。そう思いながらも引き寄せられるようにポケベルに手を伸ばす。
目に入った文字に言葉を失い、またポケベルが軽い音を立てて地面を転がった。
『姚 尊斗硝子化まであと――』
ずっと俯いていた尊斗が顔をあげた。尊斗はとても優しい表情をしていた。
「う、そ……」
「満月」
「う、嘘だ! そんな、なんで……みーくんがっ!」
優しく名前を呼ばれるも、満月は全てを拒否するように激しく首を横に降る。口から出る言葉は自分でも何かわからなかった。
「いや、いやだよ」
「ごめん。さよならだ」
「み――……!!!」
*
「満月!」
目を開ければ心配そうに自分を覗き込む尊斗の顔があった。まだぼやっとする頭で周りを見渡せば、尊斗以外の知らない人が遠巻きながらも心配そうに満月を見ていた。
「大丈夫?」
だぼだぼのカーディガンを着た少女――裾から覗くスカートからおそらくセナンであろう――が、満月の側に寄り、そっと目元を袖で拭う。
少女の袖がうっすらと濡れ、それで初めて満月は、自分が泣いていたことに気付いた。
「わわ、ありがとうございます……!」
「どこか痛いところはありますか? それとも気分が悪いのですか?」
「だ、大丈夫! ……です!!」
フラディルの優しげな風貌の少女が満月に質問する。まるで医者のような少女に、益々萎縮してしまった満月は、力強く答えだけを返し、尊斗の後ろへ逃げるように姿を隠した。
失礼なことをしたかな、と不安になり、そろりと顔を覗かせるが、彼女は気分を害した様子はなく、ただ心配気に満月を見つめていた。
「あーあ、嫌われちゃったね」
「……」
その少女に声をかけたのは、同じフラディルの、言葉では言い表せないほどの美少年だった。
彼女は何も言わず、その少年を睨みつける。少年はその視線を受けて尚、楽しげな笑みを浮かべた。
「えと、あの、ここはどこですか? あと、み、みなさんのお名前をお聞きしてもいいですか!?」
自分の所為で険悪になりかけている空気を壊すように、満月は声を張り上げた。
元々注目を浴びるのは苦手な質なのに、更に知らない人の視線を受け、満月は益々尊斗の背に隠れることになった。
*
一通りの自己紹介と情報整理が終わったが、その後の目処が何も立たなかった。
とりあえず情報収集という名目で、周りの本を調べてみることになった。
満月も尊斗の側で数冊の本を取り出し、ぱらぱらとページを捲ってみる。何を調べればいいのか皆目見当もつかないので、目に入る文字は何も頭に入ってはこなかった。
「ねぇ」
「?」
「キミ達双子なの?」
いつの間にか隣にはセナンの少女――真式縹が立っていた。彼女の声色は明るいものだったが、満月に向ける瞳は、睨んでいるといっても過言ではないじとっとしたものだった。
「双子、です」
「ふーん。一緒に戦ってたの?」
「はい……」
「ふーーん。で、2人一緒にここに飛ばされたんだよね?」
「は、い」
「ふーーーん。そっかー……」
質問というより詰問といった方があっているこの状況に、たじろぎながらも満月は答える。
「もう! じゃあなんでボクは鴇羽と一緒じゃないんだよーっ!!」
突然大声を出した縹に驚いた拍子に、満月が持っていた本がバサバサと地面に落ちた。
「あ、ごめん。びっくりさせちゃったね」
「大丈夫、です……」
共にしゃがんで本を拾ってくれる縹に、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、縹のスカートから落ちたポケベルに満月は喉の奥で引きつった悲鳴を漏らした。
カツン、と響く音は、まだ脳裏に焼き付いて離れない夢と同じ音。
「え、何? あー、ボクのポケベル」
恐る恐る拾ったポケベルには、何かメッセージが届いていた。
見覚えのある文字。だけど、一つだけ大きく違った文字があった。
「――――何コレ……」
満月が拾ったポケベルを隣で覗き込んだ縹も、呆然とした様子でそう呟いた。
『姚 満月硝子化まであと12時間』
満月は音にならない声で、一言――良かったと言った。