狂ってるのは
Twitterお題:彩葉ちゃんと凪音
「ねぇ、千桜くん」
唐突に名前を呼ばれ、教科書から顔を上げる。俺の前に立っていたのは彩葉だった。
「今授業中だろ。なに立ち歩いてんだよ」
「え、なんでって、千桜くんと話し合おうと思って。頭の良い君から、どんな意見が出てくるか気になるからさ」
話し合い?
話し合いが必要な授業だったか、これは。ふと黒板に目を向ければ、大きな文字で『世界の壊し方』と書いてあった。
「…………は?」
「おやおや、千桜くんともあろうお方が、授業中寝てたのかなぁ?」
「……」
「あれ? 本当に寝てたの? 珍しいね」
からかってくる彩葉を相手にする余裕もなく、ただ俺は黒板と彩葉の顔を何度も見た。
何度見ても黒板の文字は変わらず、クラスメートは誰も気にすることなくグループワークに励んでいる。
「で、千桜くん。君ならどうする?」
「は?」
「もう、まだ寝ぼけてるの? あれだよあれ。『世界の壊し方』!」
彩葉は黒板の文字を指差しながら、呆れたように、苛立ったように言う。
「どうやったら世界は壊れるだろうね。まぁそんな簡単に壊れれば苦労しないんだろうけど」
ふぅ、とさも当然のように語りだす彩葉に訝しげな目を向ける。彩葉は気付かない。
「ねぇ、千桜くん。どうやれば壊せるかな? あたし、世界を壊したいんだよね」
「――なんだよこの授業! なんで誰も何も言わねぇんだ。おかしいだろ!」
バン、と机を叩いて立ち上がれば、クラスメートの声が止んだ。全員の視線が突き刺さる。痛い。本当に刺さってるみたいに全身が痛い。
「おかしいのは千桜くんだよ」
彩葉は正面から俺を見つめ、声を上げて笑った。その耳障りな嬌笑に思いっきり顔を顰めるが、彩葉は笑うのをやめなかった。気付いているはずなのに。
「おい、いろ――」
俺の声は笑い声に掻き消された。彩葉の声だけじゃなく、クラスメート全員の笑い声によって。
「みんな……狂ってる……」
「ねぇ、千桜くん」
――狂ってるのは……
そこで俺の意識は急速に遠退いていった。
「千桜くん!!」
「――!!」
ふと顔をあげれば、心配そうな顔で覗き込む彩葉がいた。
彩葉は俺の顔を見ると安堵の息を吐いた。
「魘されてるから心配したよ」
「俺……」
「千桜くんが寝てるなんて珍しいね」
「寝てたのか……」
嫌な夢を見た。何が不快なのかはわからないが、あれは確かに悪夢だった。
頭が鈍く痛むのは、悪夢のせいか、中途半端に眠ってしまったせいか。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
「……変な、夢を、見た気がして」
「ふうん。どんな夢?」
「…………あんまり、覚えてねぇや」
歯切れの悪い物言いを気にしたのか、彩葉は首を傾げていたが、それ以上は聞かずに笑った。
夢とは違う笑い声にほっとした。
「で、千桜くん」
「ん?」
「世界の壊し方を教えて?」
――狂ってるのは、誰だろうね?
夢の最後の、彩葉の声が、聞こえた気がした。