強さの証明
・唯波(導入話)
自分が戦場において役に立つと思ったことはない。そもそも人を傷付けること自体好きではない。
味方も敵も、出来れば傷付かずにいてほしい。名誉の負傷とかいらない。
そんな、『甘い』と馬鹿にされそうな考えを持ちながら、僕はここにいる。
一体、僕は何が出来るのだろうか。
暗い室内でぐるぐると思いを巡らせてみるが、結局答えは出なかった。
*
「これで大丈夫だよ。でも僕の魔法は30分しか持たないから、早めに帰ってね」
「…………」
少年は媒体である筆をしまってにこりと笑った。私は、戸惑いを隠せず、無言でそれを返した。
私は彼に魔法で治療され、黄色く塗られた足を恐る恐る動かし、痛みが消えてるのを確認した。確かに先程の痛みはない。それでも尚、少年にじっとりと訝しげな視線を送るしか出来なかった。
彼はその視線に嫌な顔一つせず、にこにこと私を見つめている。
「ねぇ」
「ん?」
「私、セナンよ?」
「知ってるよ?」
そんな少年に苛立ち、睨み付けながら告げる。しかし彼は何を今更、といった調子で返し、私の眉間の皺はますます深くなった。
「馬鹿にしてるの?」
「え!? なんで、馬鹿になんてしてないよ!?」
心外とばかりに全力で否定する少年から打算的な何かは感じない。
でも私のプライドが許さなかった。それは助けられたことにではない。いや、助けられることも気に入らないのは事実だが、この場合は助けられる相手に問題があった。
よりによって敵国の――夜飛の少年に助けられたのだ。
遡ること数分前。夜飛の生徒(あの少年ではない)と戦闘していた。結果は私の勝利に終わったが、手放しで喜べる状態ではなかった。
足を深く切られ、立てなくなったのだ。それでも魔法を駆使して勝てたのだが、戦闘システムが解除された後も、私はその場から動けずにいた。
止血は行ったが、少し力を込めるだけで激しい痛みに襲われる。片足で進もうともしてみたが、跳んだ時の衝撃が傷に響き、とても耐えられるものではなかった。
どうしようかと座り込んでいる時だった。この少年に出会ったのは。
『君、怪我してるの?』
『――っ!?』
『うわぁ、痛そうだね。ちょっと待ってて』
『な! ちょっと、触る――痛っ!』
『ほら、無理に動かしたら痛いよ! すぐ終わるから!』
それから、あれよあれよという間に彼の魔法で私の足は治療されてしまったのだ。
「どうしたの? まだ痛む?」
「――なんで、私を助けるの?」
心配そうな少年の質問を意図的に無視し、質問で返す。少年はそれでも気分を害すことはなく、困った笑顔で私を見ている。
「なんでって言われても……、怪我した人を助けるのに理由はないけど……」
「さっきも言ったけど、私はセナン。貴方の敵よ」
「そうだけど……、それでも僕は、誰かを見捨ててまで勝ちたいとは思わないんだ」
屈託なく笑う彼に、まさに毒気を抜かれた私は、警戒と意地を止めた。彼は心の底から言っているのだ。
「貴方、変ね」
「え、そうかなー……」
「変よ。何の策略もなく敵を助けるなんて変人よ。馬鹿よ。馴れ合うのは嫌。だって憎むべき相手を憎めなくなったら、やりにくいでしょう? でも、ありがと……」
私の罵倒を怒ることなく聞いていた少年は、最後の小さなお礼に顔を綻ばせ、とても嬉しそうに笑った。
「でも、でもね、そんなんじゃ貴方死ぬよ。貴方のその善意を利用しようとする悪人は五万といる。特にこの戦争中では、責められるのは貴方の善意の方だから」
「うん、よく言われるよ。その優しさがいつか身を滅ぼすって、だからやめろって。でも僕は、きっとこの先も『誰か』を助け続ける。それで死ぬことになっても後悔はしないんだ」
少年の笑顔には、迷いも憂いもなかった。
「だからみんなに怒られちゃうんだよね」
僕は弱いから、あまり役には立てないし……。
少し自嘲気味に、でも変わらず笑顔で少年は言う。
「でも、それを貫き通せる貴方は、強いと思うよ」
「え?」
「なんでもない! 誰かに見られる前に帰ろう」
私は立ち上がり、お尻の砂を払っていう。私の前にしゃがみこんでいた彼もその言葉に頷き立ち上がった。
「ありがとう」
「どういたしまして。治せなくてごめんね」
「ううん。歩けるだけで大助かりよ」
「そっか」
「ねえ、貴方、名前はなんていうの?」
「僕は――」
「――やっぱいいや。次会った時は戦うことになるからね」
少年もそれには納得したのか、名乗らずにまたね、とだけ言った。
私も、またね、と手を振り歩き出す。
――心優しい少年に、もう二度と会わないことを願って。
*
少女の姿が見えなくなってから、僕はぽつりと呟いた。
「突き通せるのは、強いからか……」
強い、と初めて言われた。その言葉は僕とは無縁で、僕自身も考えたことがなかった。
この考えが戦争で役に立つのか聞かれたら答えは否だ。それでも、僕がここにいるのは、僕の『強さ』を証明する為かもしれない。
それでも人は『甘い』と僕を罵るだろう。
でも、僕は――
昨日よりも晴れ晴れとした気持ちで笑えたのだった。