陽だまりの死神
・レイア(導入話)
「ふああー……」
暖かな日差しの中、ぼくは大きな欠伸を漏らしながら伸びをする。目尻に浮かんだ涙を拭い、なんとか目を開けようとするが、睡魔がそれを邪魔する。
きょろきょろと周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、地面に腰を下ろし、睡魔に任せ目を閉じる。
「あ! レイアちゃんまたサボってる!!」
微睡み始めた時、誰かに声を掛けられ、重い瞼を開いた。
眉を吊り上げてぼくを見つめるのは同じクラスのお節介な女子生徒だった。ぼくは頼んでもいないのに、こうやってどこからか現れてはぼくの睡眠を邪魔するのだ。
「まだ寝てないよう」
「でも寝る寸前だったでしょ! サボっちゃ駄目ってあんなに言ったのに!!」
はて、この子とそんな会話をしたかなーと思い返してみる。そういえば、この間何かくどくどと話された気がするが、眠かったのと興味ないのとで流していた話があった気がする。
それがこの子か、面倒だな、とまた説教を流しながらぼくは項垂れる。
その姿を反省したととったのか、彼女は次はちゃんと監視してね、と説教をおしまいにしてくれた。
「ねぇレイアちゃん」
「んんー?」
「何でレイアちゃんはいつも寝てるの? 夜きちんと寝てないの?」
「んー……、ぼくはねー、暗闇の中で寝ると、必ず悪夢を見るんだよう。だから夜が嫌いなんだよう」
「……え、」
自分から聞いてきた癖に、ぼくが正直に言うと呆気にとられた顔をしている。大方彼女は『昼間寝てるから夜寝れないんだよ!』みたいなことが言いたかったのだろう。
「な、んで……」
「だってぼくは昔、監禁されてたからねー」
ぼくが昔、誘拐・監禁されていたことはわりと知られたことである。が、彼女は知らなかったのか、彼女は哀れんだ目でぼくを見つめていた。
彼女は何かとぼくに絡んでくるが、こういう深い話で何か言葉を掛けられるほど、ぼく達は親しくないのだ。
それでも彼女は、ぎこちなく笑顔を向けてきた。
「そっか……。その、何かあったら言ってね! あたし、レイアちゃんの力になりたいの! 友達でしょ!」
「友達……」
「うん! あたし、レイアちゃんともっと仲良くなりたいんだ!!」
照れながら笑う彼女は、次第に恥ずかしくなったのか、急にもう行くね、と手を振って去っていった。
彼女の姿が見えなくなってから、ぼくは横になって空を見上げた。彼女は優しくて純粋で素直で、馬鹿だ。
彼女に言ったことに嘘はない。暗闇はぼくに悪夢を見せる。だから夜は嫌い。
「でも、電気付けて寝ればいいんだよう。明るかったら悪夢は見ないからねー。うふふー、ぼくは毎日ちゃんと寝てるよう」
暗闇が悪夢を見せるのであって、夜は別に関係ない。だったら暗闇を作らなければいいだけなのだ。
正直、部屋の閉鎖空間も苦手ではあるのだが、トラウマの引き金になることはない。
それなのに、彼女は表面だけで全てをわかった気になっている。なんて馬鹿なのだろうか。
ぼくはうふふ、と笑うとゆっくり目を閉じた。
――その夜だった。裏切り者が捕まったという情報が入ったのは。
*
カツン。
愛用の鎌の柄を地面に当てると、甲高い音が響いた。
部屋の隅で蹲っていた裏切り者はびくりと体を震わす。
「きみが裏切り者さんだったんだー」
「レ、イア、ちゃん」
電球に照らされてる怯えた顔は、昼間に会話をしたお節介な少女のものだった。
彼女はぼくの姿を見ると、少し安堵したかのように息を吐いた。
「ぼく達、友達じゃあなかったのー?」
「え、あ……!」
しょんぼりと肩を落とせば、彼女の顔は一瞬で罪悪感でいっぱいになった。
「きみが友達だって言ってくれて、すごく嬉しかったのに、なんで裏切ったんだよう……」
「あ……! し、仕方なかったのよ!! あたしだって好きで裏切ったんじゃない! あいつが……あいつが!! 言う通りにしなきゃ、お兄ちゃんを殺すって言うから!!」
大きな袖で涙を拭うように顔を覆えば、彼女は良心に耐えきれなくなったのか、ぽろぽろと涙を流しながらまくし立てた。
ぼくはそんな彼女を見て、うふふ、と笑った。
「レイアちゃん……。助けて……。友達でしょ……?」
――彼女は、純粋で素直で優しくて、馬鹿なのだ。
「レ、イア……ちゃん?」
「うふふふふー。きみの反応も面白かったけど、もう飽きちゃったよう」
「え?」
「ぼくはきみの味方なんかじゃないよう」
「な、んで……?」
「ぼくは初めからきみのこと信用してなかったよう。きみは、ぼくを『友達』として利用するつもりだったんでしょー? 全部ぜーんぶ気付いてたよう!」
はっきりと告げれば、彼女は刺されたような顔をした。感情がこんなにも表情に出る彼女を何故間者になど選んだのか。人選ミスではないのかと思う。
「で、主犯は誰なのかなー?」
「それ、は……、言えない……」
「そうだよねー。じゃあ楽しい楽しい拷問タイムだよう!」
彼女の顔が今度はさっと青ざめる。その変化を楽しみながらも、ぼくは鎌を振り上げて笑った。
――ああ、死の恐怖に怯える彼女は、なんて人間らしいのだろう。