ある夜のやりとり
・フィーラとガーネットちゃん
二日目の18時。戦闘が禁止となる夜時間の始まり。
偵察に行く者、身体を休める者、作戦会議を始める者、怪我人の手当をする者…………各々自分に与えられた役割を果たす為に行動する時間である。
フィーラは戦闘を主とする班にいる為、戦闘が出来ない夜は身体を休めることに時間を費やすつもりだった。
しかしそれは叶わなかった。急に本部から放送が入ったのだ。
内容はとても簡単なものであり『本部にアイテムを取りに来い。来なかったら失格になる』とのもの。
何がどうなったかよくわからない。ただ、動揺して押し付け合う生徒達に苛ついていた。そして、気付けば、自分が行くことになっていた。
「はぁ、またやっちゃった……」
考えなしに動く自分が嫌いだ。損ばかりしていると思う。
何を言ったかは覚えていないが、大方誰もいかないなら自分が行くと啖呵を切ったのだろう。
「嫌なら、私一人でもいいよ?」
「いや! それはダメだ!」
心配そうにフィーラを伺う彼女に、フィーラは首と両手をぶんぶんと振って否定する。
そっか、と小さく笑うのは、同じ学年で同じクラスでもあるガーネット・リリーだった。
ガーネットは、一人で飛び出したフィーラを追ってきて、同行を申し出てくれた。他人を巻き込むのは申し訳ないと思いつつも、暗い夜道を独りで歩く恐怖心には勝てず、それを受け入れたのだ。
「私ね、内緒でお菓子持ってきたの」
「お菓子?」
「うん。疲れた時には、甘いものでしょ?」
そう言ってガーネットは、持っていた手提げからクッキーの袋を取り出した。よいしょ、と袋を開け、フィーラに差し出してくる。それを断る理由はフィーラにはなく、お礼を言って一枚抜き、口に入れる。
ふわっとした甘みが口に広がり、自然と笑みが漏れる。
「おいしいな、これ!」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」
今が合戦中とは思えないほのぼのとした空気が2人を包む。いくら戦闘が禁止されてる時間とはいえ、安全な時間ではない。捕虜という形で狙われることもあるかもしれない。
「あ……」
噂をすればなんとやら。
ガーネットが小さく声を漏らし、フィーラの肩を叩く。ガーネットの方を見れば、目だけでフィーラの後ろに何かいることを訴えられた。
フィーラも後ろを振り向き、目を向ければ、闇に紛れてわかりづらいが、そこには人影があった。
「偵察班、かな?」
「あぁ、よく見えないが、夜飛……か?」
夜飛の生徒であれば厄介なものだ。闇での戦闘に長けている彼らに見つかれば、不利になるのは確実にこちらである。
目を凝らしてじっと見つめてみるが、あの人影が男か女かの区別すらつかない。
「ねぇ、こっち見てない、かな?」
「え?」
「夜飛の生徒みたいだし、私達が気付くんだったら、向こうも気付いているんじゃないかな……」
「――っ!!」
ガーネットの推測は確かなもので、何の魔法も異能も持たないフィーラ達が見えるということは、相手もまた同じなのだ。
証拠に、夜飛の生徒の1人がこちらを指差し歩いてくる。隣にいるガーネットから息を飲む音が聞こえたような気がした。
「っ! 逃げるぞ!!」
「え…! う、うん!」
迷いなく近付いてくる足取りから、相手は確実に気付いていると悟ったフィーラはガーネットの腕を掴むと、本部の方向へ走り出した。
その時に相手をちらりと一瞥し、異能を発動させる。発動させるのに特別な条件のいらない自分の異能は、隣にいるガーネットにも発動したことを悟られはしないだろう。
「あれ、いないぞ?」
「どこ行った!?」
「確かにこっちに駆けて行った気がするんけど、何も見えないわ」
数人の騒ぐ声が聞こえたが、今は止まっている暇はない。フィーラは足を休めることなく、ガーネットを引っ張って走っていった。
*
「はぁ……、ここまで、くれば、だいじょうぶ、だろ……」
「うん、着いた、ね」
膝に手を当てて呼吸を整える2人は本部の前へいた。
「見つからなくて、良かったね」
「そうだな」
安堵の笑みをもらすガーネットに、フィーラは内心びくびくしながら笑みを返した。自分が異能を使ったことはバレてはならない。学校内では異能なしで通しているのだから。
しかしガーネットは、それ以上何かを言うこともなく、本部の中へ入っていった。
「あの、アイテムをもらいに来ました」
「はーい」
朗らかな声と共にアイテム――賽子をもらい、2人はそれ以上休むことはせず帰路に着いた。
「この賽子、何だろうね?」
「さぁ……。将軍が振るんだよな? 面倒なことじゃなきゃいいんだけどな」
手に持った賽子を眺めながらフィーラは溜め息を吐く。そこではたと気付いた。今回の将軍はガーネットの――
「なぁ、将軍サマ――メイナードとは許婚なんだよな」
「え……? う、うん……」
「だったらこんなとこいていいのか? あいつの側にいた方が良かったんじゃ……」
フィーラが気遣うように言えば、ガーネットは少し困った顔をして笑った。
「いいの。じっとしてるの、好きじゃないから」
「そう、なのか?」
「うん。だから、いいの」
「――これ、お前が届けてきなよ」
ガーネットは言葉には出さなかったが、思っていたより2人の関係は複雑なもののようだった。そこに無理矢理踏み込んでいくのは野暮だとは思ったが、気付いたらそう言っていた。
案の定ガーネットはぽかんとした顔で、フィーラの顔と、渡された賽子を見ている。
「ほら、あいつだってお前のこと心配してるだろうし! な!」
ガーネットは少し悩む素ぶりを見せたが、ゆっくりと首を振った。
「ううん、それを持っていくのは、私の役目じゃないもの。それに……」
ガーネットは賽子をフィーラの方へやんわりと押し返すと、また困ったように笑った。
「メイナードくんは優しいから、心配してるのは私だけじゃないよ」
台詞だけをみれば、嫉妬とも取れそうな言葉。しかし、声色からは何の感情も感じられず、フィーラは何も言うことが出来なかった。
「明日も、頑張ろうね」
そう笑って陣地へ戻る彼女を傍目に、フィーラは将軍の元へ賽子を届けに向かったのだった。