雪が溶けたら



・妃咲と那由




ふと目を開けると、一面雪に覆われた銀世界が広がっていた。誰の足跡も付いていないまっさらな地面。
何故自分がここに立っているかわからないまま、ただ辺りを見渡すことしか出来なかった。
後ろを振り返ると、点々と続く足跡があった。それが自分のものだとわかるのに、時間はかからなかったが、依然として自分がここに立っている理由はわからず終いだった。
視線をもう一度前に戻すと、いつの間にかそこには赤い跡があった。ぽつりと一粒の雨粒が落ちたような小さな跡は、誰かが歩いた道を描くように一本に伸びていた。
何かに導かれるように、真っ白な雪にある赤い雫を辿り、歩く。
いつもの制服姿なのに不思議と寒さは感じず、ざくざくと音を立てながらひたすらに進む。


どれほど歩いたのだろうか。


疲労を感じ始めた頃、ついに雪に埋れた何を発見することが出来た。
然程興味はわかなかったが、ここまで来て引き返す気にもなれず、かといって他に目的もなく、導かれるままにその“何か”を覗き込む。
それは人だった。一目でもう息をしていないとわかる程真っ白な顔色。
死体を見たことには動じずにいられたが、そのまま視線を横にずらした私は、息を飲んだ。

真っ白な雪から覗く、色素の薄い、青い髪は……



「な、ゆ……」



短く浅い呼吸を繰り返し、落ち着けと呟いてみるが、息の仕方がわからない。血の気が引き、がたがたと体が震え出す。
何か言おうと口を開くが、そこから出てくるのは苦しげな喘ぐ声だけだった。








ばさっと音を立てて私は飛び起きた。ひゅーというか細い音を鳴らしながら呼吸を繰り返すが、脳に酸素がいかず、視界が霞む。だが、何とか今いる場所が自分の部屋だと認識すると、気持ちが落ち着いた。
冷や汗を寝間着の袖で拭うと、水を飲みに部屋を出て行った。


自室を出るとひやりとした冷気に身体が震える。じっとり湿っていた服が尚更身体を冷やしていく。それでも引き返す気にはなれず扉を閉めた。
長い廊下は薄暗く、先は闇に包まれて見えない。無駄に広い家だと、いつも思う。だけど、その無駄に広い家のお陰で、私は今も生きていられるのだと思う。



「妃咲?」

「っ!!」



不意に聞こえてきた声に思わず体が竦んだ。先程の夢が蘇る。振り返れば、そこにはやはり那由が立っていた。当たり前だが、生きている。


「どうした?」

「水飲みにきただけ」

「お前、すごい顔色悪いよ」



あぁ、自分はそんなに動揺してたのか、情けない。いや、先程の夢だけではない。戦争が始まってからずっと夢見が悪いのだ。


「大丈夫か?」

「……うん」



那由が私の前髪をさらりと撫でる。少しだけ触れた手がとても――



「あったかい……」



ふと、言葉を漏らせば、那由は驚いたように空中で手を止めた。そのまま手を彷徨わせると、そっと私の手をとった。



「悪い夢でも見るのか?」

「…………ん」

「悪夢は人に話すといいって言うだろ?」



その言葉に、私は小さく首を振った。
那由が死ぬ夢を見ただなんて本人は言えないし、口にしたら本当になる気がして怖かった。
口ごもる私に、那由はふと外に目を向け呟いた。



「雪だ……」

「っ、」


その言葉にまた夢の内容が思い出され、身体が強張る。


「なぁ妃咲。雪が溶けると何になる?」

「え……? 水、でしょ?」



質問の意図がいまいちわからなかったが、とりあえず答えてみる。那由は少し面白そうに笑うと首を振った。



「雪が溶けたら、春になるんだ」



いつもなら、何言ってるのと呆れるところだが、今の私の心にはストンとその答えがはまった。



「春、ね……」



握られた手の温かさを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。


――ああ、私は、雪が溶けるのを待っているのだ。




back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -