やみのなかでおもうのは
・那由と妃咲
大きな柱の壁に背中を付け、ずるずると座り込む。ひやりとした感触が火照った身体を冷やし、高揚した気分さえ沈めていってくれた。
暗闇というのは、ただ視界を奪い戦い難くするだけではなく、精神さえ侵してくる。おかげで、数時間戦っただけとは思えぬ疲労感に襲われている。
「はぁー……」
一呼吸おけば、思い出したように身体の傷がじくじくと痛み始めた。幸いにも止血が必要な傷はなく、擦り傷ばかりだ。
しかし、擦り傷だからといって痛くない訳ではない。
「しかし、油断したな……」
先ほど足に走った電流。そのせいでこうして休憩せざるを得なくなったのだ。
自分のもつ異能『透過視』は、この闇の中でも一度対象を捉えれば見失うことはない。なのに気付けなかった。あいつの媒体であろうワイヤーは地面に突き刺さり、外したのだとばっかり思っていた。
「霜を利用するなんてな……」
「あるものを利用するのは当たり前ですよぉ」
「っ!!」
呟いた一人言に返事が返ってきて、ずっと手に持ったままの銃を構える。
「きぃですよ、那由くん」
「き、さき……か。脅かすなよ」
オレの目の前に立っていたのは、幼馴染である妃咲だった。馴染んでいる気配にも気付けない程ぼんやりしていたのか、馴染んでいるから気付けなかったのか。
くだらない考察は止めて、妃咲に向かい合うが、見上げた妃咲の顔はぼやけ、表情がわからない。
「だいぶ、視力落ちてるみたいですね」
「あぁ、何度も使ったからな」
「そのくせに、無様にやられて休憩ですか」
「…………不機嫌だな」
「いつも通りですよ?」
妃咲はそう言うが、表情が見えずとも態度から不機嫌オーラが伝わってくる。
きっと人と関わりたくない気分なはずなのに、それでもオレの所へ来たのは何故だろうか。
隣へ座り込んだ妃咲へ、訊ねようかどうしようか悩んでいると、妃咲は一人言のように正面を見据えたまま話し出した。
「暗闇の中にいると、誰が敵で、誰が味方かわからないんです。人影が見えると攻撃する。もしかしたら、仲間かもしれないのに……」
「それは、」
「だから怖いんです。怖いんですよ……」
何が、とは言わないのは、妃咲の精一杯の強がりなのだろう。オレはそれが何かはわかっているが、あえて何も言わずにただ黙って隣に座っていた。
「いきましょうか」
「……あぁ」
「何だろうと、やることは一つ。セナンを勝たせることです」
「そうだな。あともう一踏ん張りだな!」
お互い、気合を入れるようにハイタッチをすると、また闇の中へ駆け出した。
*
ひゅっと空間を割く音が聞こえ、後ろへ下がる。僅かな月明かりに目を凝らせば、こちらを見つめる影があった。体型や雰囲気から女であるということはわかった。
魔法が何だかはわからないが、月の光を反射して、鈍色に光る剣が武器であることはわかる。
なら、その間合いに入らなければいい。
闇に身を隠すように素早く後ろへ下がり、身を潜めれば、彼女はオレを見失ったのか、忌々しげに舌打ちをした。
「でも、オレには見えてんだよな」
再び発動した異能は、落ちた視力をあげ、彼女の姿をはっきりと捉えている。彼女が構えた剣を下げた瞬間を狙い、銃で撃った。
ぱんっという音が響き、彼女は慌てて剣を構え直すが時すでに遅し。彼女の真横まで飛んでいった弾は、弾けて爆発した。
「っ!! 卑怯者……!」
悔しげに呟く彼女を尻目に、異能を解いたオレは、すぐにその場から遠ざかった。
「卑怯者、か」
異能を駆使し、遠くから銃を放つ。相手が気付かず内に攻撃を与える。
それを、戦法だといってしまえばそれまでだ。誰も咎める者はいない。そういうものなのだ、戦争とは。
「だけど、ヒーローとは程遠いなー……」
何が正義で何が悪か。ここでは、その定義さえも闇に溶けて消えていく。
オレのようなやり方を、卑怯者だと罵る者もいれば、地と、自らの技を上手く利用していると褒める者もいるだろう。
「オレも、怖いんだ。怖いんだよ、妃咲」
呟いた声は、彼女に届くことはなく、夜の街に消えていった。