真珠星に誓いをたてて



・フィーラ(導入話)


最後の段ボールを運び終えて、あたしはふぅと息を吐いた。比較的荷物は少ない方だと思ってはいるものの、やはり慣れない作業は疲れる。


「片付けは、後でいいよね……」


誰も咎める者はいないが、何と無く言い訳を口にし、ぼすんとベッドにダイブする。眠るつもりはなかったのだが、横になると急に睡魔に襲われ、あたしは抗わずに目を閉じた。









――ぱちり


目を覚ますとそこは闇に包まれていた。


「あ、れ……?」


見慣れない部屋にぱちぱちと瞬きを繰り返す。冷や汗が背中を伝い、ぶるりと体を震わす。
母様、と小さく呟いてはっと我に返った。ここは王立シャウローラ学園の寮だと理解した途端、暗闇は消え去り茜色の光が差し込んでいた。あたしは止めていた息を吐き出すと起き上がった。


「淋しいとか、バカみたい」


生まれてすぐに親に捨てられたあたしは、本当の親の顔を知らない。あたしにとっての親は、あたしを拾って育ててくれた孤児院の院長だった。
そして6歳になった年、あたしはカトレア家に養子へ貰われた。
生活は一変し、あたしは貧乏から金持ちになった。学校にも通え、新しい洋服も買ってもらえた。
父様も、母様もとても優しくあたしを愛してくれた。
しかし、あたしを待っていたのは幸せだけではなかった。


『あの家、孤児院の子を養子にしたらしいわ』

『まぁ、汚らわしいわね』


――世間は“養子”を冷たい目で見てきた。


『こんなのも出来ないの?』

『出来るからって良い気になっているの? 生意気ね』


――理由なんて何でもいい、ただそこにいるだけで攻撃など簡単に出来る。




自分自身を馬鹿にされるのは構わなかった。だけど必ず言われるのだ。


『あれを引き取るなんて、カトレア家も落ちたものね』


家を――父様と母様を貶める言葉を。それが何よりも耐え切れず、我慢ならなかった。
だけど何を言っても無駄で、あたしはひたすらに努力して結果を出すしかなかったのだ。



「でも、気付いたんだ……。あたしには、何もないと」



家に守られ、決められた道を歩く。決められた学校に通い、決められた相手と結婚する。
それがあたしの幸せだと言われた。


「けど、本当にこれでいいのか?」


親に反抗するように、あたしはこの王立シャウローラ学園に入学した。親のコネにより、成績に関係なく入れた進学校を蹴ってまで。
そして一方的に婚約者との連絡も切った。



「ハイド・リリー……さん、には、失礼なことしたな。いや、清々してるか」



政略結婚とはいえ、向こうからしたら“養子”という厄介者を捕まされただけだ。いくらカトレア家の後ろ盾を得られるとしても、同時に悪評も貰うことになる。
あたし自身もそうだったが、向こうのハイドさんもあたしにはこれっぽっちも興味がなかった。
物腰は柔らかく、色々と気遣ってくれる優しい人であったが、そこには感情がなかった。あたしも同じで、お互い笑顔を貼り付け、当たり障りないように良い許婚を演じてた。



「だけど、もう関係ないか」



思考を遮るように、二三度首を振り、ベッドのから降りた。
いつの間にか茜色の光は消え、部屋は再び闇に包まれていた。



「あたしは、あたしが思った通りの道を歩く。カトレアじゃなく、フィーラとして」



付けたばかりの桃色のカーテンを閉めようと、窓に近づく。何気なく空を眺めるとそこには、


「スピカだ……!」


暗い夜空に一際輝く一等星は、あたしのなりたい姿を具現化しているようだった。


「あたしは、一人だって輝いてみせる! 見てろよ! あたしを馬鹿にしたこと、後悔させてやる!!」


一等星に向かって宣言した後、しゃっと鋭い音をたててカーテンを閉めた。







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