図書館企画ブログ | ナノ








ナダドラは甲高い声を聞いた。それが自分の悲鳴であると気付いたのは、白い影が音も無く、公園の入り口を踏み越えてからだった。

「う、わぁっ!」

そこで、ナダドラは自分以外の存在にようやく気付いた。背後、すこし離れた場所にいた男。影はナダドラをほんの束の間だけ見やった後、やはり音もなくすべるようにその男の方に向かう。

「来るなぁっ、た、助けてくれっ」

情けない声を上げながら逃げていく男と、それを追う影。ナダドラは訳がわからなくなってへたり込んだ。どうしよう――そうぼんやり考えたとき、はっとある事実に思い至った。
(さっきの男、手配書の男に似てた…?)
暗い中、 しかもほんの僅かな交錯だっただけに確信はもてなかったが、ナダドラは立ち上がった。もしそうなら、追いかけなければならない。男の野太い悲鳴が遠く聞こえる。幽霊がぁ、とか、こっち来るなぁ、とか。
ナダドラは幽霊への恐怖と、仇介への恐怖を天秤にかけ、最終的に職業倫理と責任感と正義感が勝った。意を決して、声を追う。





「あ、っと、先輩」

公園からやや離れた三叉路、刻雨は見知った影を見つけて声をかけた。

「何してるんですか」
「無論、美脚幽霊さんを探しに」

マルギットはなんだか輝いている。刻雨は面倒臭くなって、はぁ、と一言で流した。それに構わずマルギットは続ける。

「刻雨君はどうしたんです」
「……ああ、そうです先輩、ナダドラ先輩見てませんか?」

刻雨は簡単に痴漢の件を説明する。「で、パトロールに出てた俺もこっちの応援に急いで来るように、と」と締める。納得したように頷いたマルギットだが、しかし首を横に振る。

「見てないですねぇ」
「痴漢の方でもいいんですけど」

いやあ、とマルギットが頭を掻いた時であった。三叉路の向こうから悲鳴。刻雨が反応して顔を上げる。

「何か来ます」

マルギットが察して下がった。戦闘職に任せた方がいいだろうと、三叉路の入り口まで戻って傍観する姿勢を見せる。わずかおりた静寂を、破るように近くの木立から転がり落ちてきた人影をほとんど反射で蹴り飛ばす。

「……一応確認くらいした方がいいんじゃないですか」
「こんな時間に不審な行動してる方が悪いんですよ。それに、ほら」

のびた男を蹴って上を向かせる。

「手配書の男で間違いなさそうです」
「そう!その男が痴漢さ!」
「よくやってくれたわっ!」

突如として。
時計塔の双子、ルトアールとアルフェムが現れて刻雨の腰にしがみつく。驚きながらもそれを引っ剥がし、刻雨は怪訝そうな顔をした。「……どうして貴方がたがここに?」尋ねたのはマルギットだ。双子がそれに答える前に、慌てたような声が1つ。

「刻雨くんっ、マルギットさん!」

三叉路の中へ、ナダドラが駆け込んでくる。足元に倒れていた痴漢の姿を認め小さく悲鳴を上げてあたりを見回すが、刻雨とマルギットはその行為の理由がわからず、首をかしげるばかりだった。ふふ、と双子が揃って笑う。

「僕たちもその男を追っていたんだ」
「かなり手こずらせてくれたけどね」
「捕まってよかったよ」
「あのこも喜んでるわ」

指さした先、木立の中。真っ白い影がぼんやりと立っていた。ナダドラが今度は声にならない悲鳴を上げる。しばらくじっと、白い影は三叉路の光景を見たあと、くるりと背を向ける。

「待って下さい」

声を上げたのは刻雨だった。ナダドラはもうほとんど泣きそうな声をあげる。

「何で呼び止めるんですか!?」
「いや……」

刻雨は言いづらそうに声を濁らせて、それからもう一度木立の方を見る。疑問とも呆れともつかない形容しがたい顔で、声音で、息を吐いた。

「……何やってるんですか徒紫乃君」










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