図書館企画ブログ | ナノ






『……なんか、険悪なとこに残しちまって悪かったな』「いえ、任務ですから」『頼む、とりあえず一週間の任務だ。賊が来るようなら延びる可能性もあるが……まあ、一回切るぞ。通信に支障は無さそうだ』「了解しました」アルニコは携帯式の無線機を切る。通信相手だった仇介は既に船上だ。魔法で補強された無線だが、念のためと行われたテスト通信。どちらかと言えば会話の内容の方がメインであったように思える。アルニコは振り返って、居間にあたるだろう堅牢で簡素な部屋を見渡す。仇介が険悪と評した兄妹弟子の、妹弟子の方はこの場にいない。早々に部屋に引き払ったようだ。兄弟子の方はこちらが居ないかのように黙々と何か書き物をしている。その手がふと止まったのを見計らって、アルニコは口を開いた。「西の魔女のお墓は……この島にあるのですか」



兄弟子はアルニコを見もせず、ぶっきらぼうに答えた。「あったならどうする」「お参りさせて頂けませんか」ここでようやく兄弟子は顔を上げ、一瞬驚いたように目を見開いた。すぐに皮肉げに唇を歪め、答える。「かの『アガット・イア』の司書と言う割に礼儀も知らないと思っていたが、マシなのもいたようだな」地下書庫に入った時、部隊全員で黙祷を捧げはした。しかしそれだけだ。墓があるならお参りくらい――と思ったものは少なからずいたが、妹弟子の言葉までこの島にある確証も無かったし、なにより時間がそれを許さなかった。しかし彼ら弟子から見れば、全て言い訳にすぎないだろう。彼もそれを、判っていての皮肉のようだった。兄弟子は席を立ってかけてあったマントをとった。「ついてこい。師匠の墓は、島の裏だ」



島の裏手はさらに霧が深かった。嵐が来てもここなら安全であろうという丘というよりは崖のような、切り立った場所。そこに墓はあった。小さな、それでいて存外に綺麗な四角の墓碑、その下に西の魔女と呼ばれた女性が眠っている。アルニコはその前に立ち、手向ける言葉も花もないことを詫びながら手を合わせてこうべを垂れた。
「気は済んだか」あくまでもつっけんどんに兄弟子は言う。師匠の墓を前に何を思うのだろう。アルニコが「はい」と頷けば、墓碑にあった視線を、しかし振り切るように目を閉じて背を向けて歩きだす。元より、アルニコは寡黙な方である――霧の流れる微かな風と水の音、波涛の砕ける音、それらの中でしばらく黙し、兄弟子に続いた。墓と家は島の端と端、小さな島だから直線的な距離はないが、うねるような道だからか案外長く歩く。それを半ばまで過ぎたあたりでアルニコはようやく口を開いた「妹弟子さんとは、仲が悪いんですか」



思い返せば家を出る時も、ちょうど自室から出たらしい妹弟子に「お前も来るか」と言った兄弟子と、それに「いいえ」とだけ返した彼女の間に流れていた空気は、ひどく冷たくぎくしゃくしたものであったように思う。直裁的な言い方になってしまったが、アルニコはそちら方面に気を回せるタイプではないので素直に訊いた。歩きながら、兄弟子の肩がひくりと跳ねる。気分を害したか、とアルニコが思ったところで、返された言葉は予想外のものだった。「……わからない」平坦な声であった。「……そうですか」応えるアルニコの声も、平坦だった。しかし、と考える。この2人はあるいは――
思考を切るように、無線機から通信音が響いた。兄弟子が驚いて振り返る中アルニコが急ぎスイッチを入れる。「どうしました」「緊急事態です!」声は、マルギットのものだった。戦闘班の誰でもなく、研究班員の声。警鐘が鳴る。それを肯定するようにマルギットが焦った声で続けた「襲撃を受けました――高速艇でそちらに向かった賊もいます、戦闘準備を!!」



※補足
無線機は一応持ち運びできる程度にごつめのものをご想像下さい
高速艇は競艇の船(正式名称判らない)を若干大きくした程度の小型でスピードの出る船をご想像下されば。2〜3人乗り程度で。輸送に使う中型〜大型の船が安全運転で40分かかるところを20分足らずで移動出来ます。





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -