図書館企画ブログ | ナノ





「今頃みなさんはどうなさっているのでしょうね」

 フォンは呟いた。業務班の仕事場はだいたいペンの筆記音や紙の擦れる音、キーボードを叩く音に書類を綴じる音、そういう諸々にプラスして、班長の怒号や班員の呻き声や、よく様子を見にくる市長の励まし、たまにやってくる館長のひやかし、それらで賑やかなのが(むしろ騒がしいと言うべきである程に)常だが、今は少しばかり、静かであった。手の中のマグカップ、黒い液体をゆるく転がす。けむりの薫るそれを一口飲んでフォンはヌイを見た。ヌイのマグカップの中身は淡い茶色だ。

「予定では、そろそろ折り返し、ですね」

 答えるヌイはどこかそわそわしていた。フォンはそれを、直接ではないと言え初めて体験する大きな任務への興奮だと――自分だって内心落ち着かない気持ちなのだ――思っていたのだが、どうやら違うらしく。波打つ茶色いマグカップの水面を眺め、ヌイは続けた。

「昔、西の魔女さまはオイレンシュピーゲルの近くに住んでたんです。僕の村のすぐそばで」
「そうだったんですか」

 ええ、ヌイはそう言って少し微笑んだようだった。しかしその笑顔は少しかげり、暗い声音になる。

「でも、西の魔女さまが住んでいた村が…もう10年近く前だったかな、盗賊に襲われて。それから北蒼海の島に行ってしまって」

 西の魔女の偏屈ぶりは尋常ではない。自分に関する資料を徹底的に残しておらず、全ての本、ひいては情報が集まると言われるアガット・イアにおいてすら、彼女について詳しく知るものは少ない。詳しくない部類に入るフォンは、頷きながら話を聞く。

「そのまま、島で…お亡くなりに…なってしまったんですね」
「……ええ。でもお一人で亡くなった訳ではありませんし、本が図書館に収蔵されれば沢山のヒトが読む事になるでしょう。ヌイさんが悲しむようなことはありませんよ」

 重くなってしまった空気を払うようにフォンはそう言ってマグカップの中身を飲み干した。それに丁度被るように、リザルドの「休憩は終わりだ、新人」という声が響く。揃って返事をして立ち上がり、ヌイは慌ててカフェオレを飲みきる。

「さあヌイさん、今は仕事ですよ仕事!」
「……はい!」

 マグカップを洗い場へ、そうしてデスクに戻ろうとしたヌイだったが、ふと足を止め、窓の向こうを見上げる。遠く、西の果て。そこで死んでいった偉大なる魔女に、思い馳せるように。








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