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『西の魔女が死んだ――』
ある日アガット・イアにニュースが舞い込んだ。前世紀が生んだ最大の魔女と呼ばれた魔女が亡くなったのだ。彼女の魔法書はマスターズブックか、それに準ずるレベルの強大な書であるという。「ペンドラゴンを更に北西へ、北蒼海の孤島だ」枝折は語る。「魔法書、及び蔵書全て、アガット・イアへ寄贈する。それが西の魔女の遺志だ。盗賊どもが嗅ぎつける前に、輸送しろ」その伝達は全ての司書に伝えられた。



「あまり人数は割けない」仇介が班員を前に言った。「アガット・イアの警備を手薄にはできない。あまり大人数だと感づかれる恐れもある――少数精鋭で向かう」戦闘班、それから蔵書の状態確認のための研究班を合わせて10にも及ばない小隊。隊長である仇介自ら率い、その夜のうちに彼らはアガット イアを発った。
「きな臭ェ」枝折は彼らを遠く市長室から睥睨し呟く。「やな臭いがすんぜ」



「西の魔女――とは、どういった人物だったのでしょうか」ペンドラゴンに向かう鉄道の中、アルニコが仇介に尋ねた。「偏屈だった、らしいな。血縁はいなくて、弟子も2人だけ。その弟子2人が、今は蔵書の管理をしているそうだ」資料をめくり、仇介が呟く。「向こうに着いたら、まずは船と陸路でペンドラゴン図書館まで輸送、その施設を借りて梱包し直して、アガット・イアまで戻る。もし襲撃があるとするなら――ペンドラゴン図書館に着くまでだな」けれど、そう肩をすくめて「偏屈だったおかげで、彼女の死はまだほとんど知られてない。救いと言えば、救いだな」と続けた。盗賊に知られる前に、いかに早く輸送を終えるかが任務成功の鍵となる。アルニコは遠く窓の向こう、北蒼海の上に広がる雲を見た。北の空はいつも、何か黒々としたものを孕んだ曇天だ。



「……これは」「結界だな。消えかけてるけど…」霧深き北蒼海。そこに浮かぶ小さな島。一夜明けて昼も過ぎ、辿り着いたそこは、時化がくればひとたまりもないような荒れた島だった。ここに居を構えたというだけで、西の魔女の人となりが伺えよう。人を拒む堅固な結界の残滓を、魔法使い達は感じていた。刻雨がもらした声に答えた仇介が続ける。「西の魔女は、結界魔法の名手だ」霧の中、船から降りた司書たちを出迎えたのは、そんな彼女の弟子の1人だった。
「お待ちしておりました」



「アガット・イア市立図書館、戦闘班班長、仇介です」バッジを見せて仇介は言う。「伺っております」答える彼女は20半ばの、痩身の人間だ。理知的とも内気とも取れる眼鏡の奥で、陰ったような瞳が揺れる。「お師匠様の書庫は、兄弟子が管理しております。あのヒトも…お師匠様譲りの偏屈ですので、ご迷惑がなければいいのですが…」彼女は小さく俯いてから、取り繕うように微笑み、案内します、と言った。



「……本来ならお前たちになどに任せたくはないが、師匠の遺言だ、仕方がない」兄弟子だという見た目は30に届くか届かないかの青年は、尖った耳からしてエルフなのだろう。嫌々、という雰囲気を隠そうともせず、妹弟子からの咎めるような目線に不愉快げに眉をひそめた。「ついてこい、……お前はそこにいろ」地下への階段、その跳ね扉を開き、妹弟子を残して彼は司書たちを階下に招く。兄弟弟子だのにその不自然な態度、面々はわずか不審を覚えるも、優先すべきは任務と、地下へ降りていった。








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