ひとりきり | ナノ





 視界を埋め尽くす白がゆるやかに消えていく。集束していく。沈むように。空気にとけていくように。風に運ばれる雪のように。
 目を上げれば微笑む男性の顔。年齢は不思議と判らない。浅黒い色の肌に真白い羽。手に持つ魔法書の表紙と同じ色の髪。にぃと藍の瞳が歪められた。

『嗚呼、漸く外界に現るるを得るも、何為れぞ我を喚ぶは少き不肖ならんや。あに悲しからずや』

 伝え聞く通りの、平坦でいて歌うような独特の口調。発音こそ現代語に近いがおそろしく古風で回りくどく内容がつかみにくい。馬鹿にされている空気だけは伝わったが。
 しかし俺はそんな些事を気にする余裕はなく、半ば呆然と『彼』を見上げる。魔法書を落とさないのが精一杯だった。遅れに遅れて、理解が追いつく。
 館長さまは決して『彼』を過去形に語らなかった。

「……まさ、か…本人…!?」
『然り。我こそ龍淵寧幽』

 にぃぃと、笑みを深くして『彼』は腕を組む。羽根がまた散る。人間には有り得ない鉤爪のひとつが眼前に突きつけられた。

『然りと雖も、我『寧幽』に非ず。人に非ず。鬼に非ず。ただ幻を留めるのみ』
「……あ、残留、思念…?」
『然り』

 存外に賢しきなり。と呟く声が届かなくなるほどの混乱があたまの中をひっかき回した。残留思念とはいえ伝説の、魔法使いを目前に、正気でいられる新人がいれば是非見たい。ぐるぐる気の遠くなるような頭を冷たく戻す、声がひとつ。

『敢えて更に問う。汝我が書に挑まんことを欲せんや。嘗ての者共すら且つ敗れたり、況んや汝をや……然れど、尚?』

 鉤爪が指したのは淡い黄褐色の紙。それから胸に付けたラプンツェルのバッジ。俺の顔を覗く目はひたすらに皮肉げにたわむ。

「――…あた、り、前です」
『嗚呼、汝、愚かなり。……然れども良し。我が厭を、恐らくは暫く慰むるに足らん』

 もれるように吐き出された宣言に、彼はひどく愉快そうに哄笑を抑える。できるものならやってみせろと。毒々しい笑みに込められた意志を汲んで叫ぶ。

「っ、絶対に、俺が、これを解析してみせます!」

 にこり、と表するよりはもう少しばかり下品な表情で。伝説の大魔法使いは牙を剥き出しに、楽しそうに楽しそうに、呵々と笑った。




Wheel of fortune began to turn.
Ready?




11/02/08




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