ひとりきり | ナノ





「……どうして許可を出したんですか?」

 自身が召喚した魔法生物と戯れながら枝折が「そりゃ、どの意味のどうしてだ」とソファで伸びをする。頭の大きいデフォルメされたオタマジャクシ、ただしリボンと裂けた口と鋭い牙付き、とでも表現するしかない召喚獣が怪訝そうなフィズのもとに飛ぶ。引き出しの中から飴玉を1つ出し、それをやりながらフィズは寝転ぶ枝折を見る。

「どうして、数多の研究者を挫折させていった曰く付きのマスターズブックを、まだ若い彼に、ですよ」
「そりゃア、あいつが希望出してきたんだし」
「それだけですか?」

 流れる沈黙。フィズの咎める色の混じった目線に、枝折はようやく居住まいを正す。ソファにもたれて頭をばりばり掻いて、フィズを見る。嫌な事を思い出す時の面倒臭そうな顔を隠そうともせず口を開いた。

「……寧幽はもんのっすっごいヤな奴なんだ。理屈屋でプライドがクソ高い。そんでもってそれを裏打ちする実力がある。ひねくれ者で嫌みでわがままでサドで、まあヤぁーな奴だ」
「……話を聞くに、それほどの人とは思えませんが」
「あの見栄っ張りがんな噂を残すかよ。俺様頑張ったけど無駄だったし。……そんな訳だ。そんな偏屈が自分の魔法書を他人に読ませるを是とすると思うか?否だ。だから今まで誰も読めてない」

 魔法使いが己の生涯をかけて作り上げた魔法書。己の命といっても過言ではないそれを、技術として後世に遺すか、いっそ誰も手の届かない芸術として遺すか。寧幽は圧倒的に後者だった。彼の自尊心が彼の技術の流用を許さず、解読を解析を拒む。ふふんと、枝折が窓の外を見る。月が皓々と街並みを照らす。まだまだ賑わいをみせる通りを遥か眼下に、枝折は目を閉じた。地下深くにいるであろう若き研究者は、今頃泡を食っているのだろう。

「……誰がやっても読めなかった。何年も研究を続けた班長クラスの連中がだ。だったら今更だ。ド新人のぺーぺー使っても同じだろう」

 なお訝しげなフィズに、ソファに身を預けて枝折は笑う。在りし日を懐かしむ老婆のように、明日を夢見る幼子のように、穏やかなようで人の悪い笑みを。

「俺様は期待している。爺の知識ではなく、若僧の熱意が寧幽を負かす事を。そんであの偏屈が歯軋りして悔しがる光景が見れたら俺様的には最高」

 にたりと猫のように目を細める枝折に苦笑を向けて、フィズも椅子にもたれて息を吐いた。
 遥か聳える時計塔の鐘は9時を告げる。時刻は夜に向かう。


11/02/07




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