ひとりきり | ナノ






『オーケィ、面白そうだ。図書館館長の名において許可しよう』


 今から5時間ほど遡る。にこり、と表するよりはもう少しばかり(、こう言っては失礼だが)下品な表情で、犬歯を剥き出しに楽しそうに笑った図書館館長から鍵を受け取った。そこからあっさりとはさすがに行かず、手続きが終わったのが30分前。閉館時間、午後8時を知らせるチャイムはとうに鳴った時間。
「期待してるぜひよっこ」と、彼女がにやつきながら発した言葉と、立ち入り禁止書架独特の人を拒む重厚な空気が背にのしかかる。気がした。たった5時間で本来終わる手続きじゃない。終わったのは彼女の力添え、正確には力押し(それもかなり強引な)があったからだ。手の中の青い鍵がちりりと軽い音を奏でる。彼女の言葉が蘇る。

『だがなァひよっこ、あいつァ手強いぜェ?』

 何か、違和感のある物言いだった気がする。しかしその違和感は疑問にまで発展するには至らず、腹の底の覚悟を据え直して俺は歩を進める。天井まで届く書架に、埋め尽くされた数多の本。全ての魔法書が、古の魔法使い達が、己の背を見ているような重圧。『レコード』を守る11階を除けば、立ち入り禁止区域の最下層である、10階。入るのは研修以来の事だった。その時教えられた道順を辿る。壁際に並んだ扉の一つ、21と古めかしい字体で掛かれたプレートを見つけた。木製の扉から、気の遠くなるほど厳重な防御魔法の気配を感じて、苦味のある生唾を飲む。青い鍵を鍵穴に。回す。かちりと小さな音がして一瞬眩むような光。鍵穴から放たれたそれが収束し消える。恐る恐る抜けば、開いた。ぎぃぎぃと呻くように軋む古い扉。入るなり点灯した小さな電球の光はいささか心許なかったが、それを頼りに壁を辿る。棚のひとつひとつに、ありえないほど貴重な魔法書が並べられているのだろう。ちらりと見れば教本で見たタイトルもあった。そうして辿り着く。館長さまが言っていた、a架。
 目的の本はすぐに見つかった。

「これ、が、『青桜灯籠夢』……」

 思わずこぼれた独り言は、清潔なのに埃臭い空気に飲まれていく。そうっと取り出した和綴じと呼ばれる東方の伝統的な装丁をした分厚い本、表紙の色は褪せない空の色、達筆な筆文字で書かれたタイトル。話に聞いた通りの、これが、名高いマスターズブック。

「…………」

 息を吸って吐く。ちりちりと産毛を焼いていくような強い魔法の気配をそこら中から感じる。古の魔法書には何が仕掛けられているか判らない、扱いには細心にして砕身の注意を。AIU時代の魔法書学の講師の顔が見える。速やかに研究室に持ち帰り準備の上で開くべきだ。だがしかし。
 好奇心には勝てなかった。

「……ちょっとだけ。確認です確認」

 なんの確認かはさておいて、言い訳するように言い聞かせて、二本の腕で本を支え残る二本の指でページをなぞる。これまた東方の、古い紙独特の不規則にざらつく手触り。そしてページを繰ろうとしたその時に。

「っ、!? なっ…!?」

 白。
 白。
 白い光が一面に広がる。取り落としそうになるのをこらえて顔を覆い光を遮る。腕を叩く感触に気付く。本から溢れているこれは光ではなく、淡く燐光を纏う真っ白い羽根だと。

『……誰か。誰が我を暴かんと欲っせんや。あに愚かならずや。愚かならずや』

 そして歌うような声が聞こえた。



11/02/07




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -