ひとりきり | ナノ



(リア充爆発しろ)






「先輩って、刻雨さんのこと大好きですよねぇ」

 つくづく、と言った風情で、感慨深くマルギットは言った。
 昼前のアガット・イア。サウスストリート。歩いていたら偶然鉢合わせ、お互いに午後勤で、つまり目的地が同じだったので、それじゃあそこまで、と。よくある流れだ。しかめっ面が標準装備の徒紫乃の事、いくらかの文句がひねり出されていたが、マルギットが気にする訳もない。よくある流れだった。その流れのまま街並みをダシに雑談を(主にマルギットの一方的な喋りではあったが)していれば、目に留まったカフェの新メニューの話になった。その時である。しかめっ面の徒紫乃が、ほころんだ、と表現していいくらいに、表情筋を緩ませた。マルギットは驚きを胸に尋ねたのだ。あれ、好きなんですか。いや、あいつが。
 そして思わずこぼれたのが冒頭の発言だった。
 それに対する徒紫乃の返答は、以下の通りである。

「……で?」

 マルギットは天を仰ぎ、それからやおら座り込み、腕一対で膝を抱え込み、残る左手をそれに添え、右手で、折り目正しく敷き詰められた石畳に、のの字を書き出した。雪は数日前に降ったきり、溶けて乾いているからそれだけは救いだが。そんな東大陸伝統の落ち込み方、この先輩出身どこだったか、というか石畳に直接って寒くないのか、いくつかのしょうもない疑問が徒紫乃の頭を巡り、しかめっ面に戻った顔をさらに面倒臭げに歪ませる。マルギットの右手人差し指が機械のように一定の動きを繰り返しており、絶え間なく続く恨み言らしき呟きとあいまって、あたりの空気がどんよりと暗くなっていく。仕方なく、とりあえずは、と徒紫乃が口を開いた。

「……何ですかいきなり」
「もう、本当に、本当に……毎回無意識にのろけてくるんですからこちらとしてはたまったものじゃないですよちょっと先輩水路に飛び込んできて下さい……雷落としますから……」
「多分飛び込んだ方がいいのはお前だ。頭を冷やせ」

 あっはっは、と、マルギットが涙で滲んだ声を上げた。空笑いだった。青く晴れ渡った冬の空が情け容赦なく大地から熱を奪う。太陽は高く、風は冷たく、マルギットは左腕を勢いよく振り上げ、片方は親指を下に、片方は中指を上に向けた。右手でのの字を書き続けているあたり無駄に器用である。怨嗟を込めてマルギットはキレた。

「このリア充がっ!!」
「なあセンパイ俺いつリア充した? リア充してたんだ?」

 徒紫乃が哀れみと蔑みを足して割った生ぬるい目でマルギットを見下ろす。マルギットはいいんですいいんですよと悟りきった声でまた膝を抱え出した。医療従事者としてそろそろ腰が冷えるぞと忠告すべきか、徒紫乃は考えて、やめた。かわりに疑問を投げかける。

「ていうか、リア充であることってそんなに大事ですか?」
「イエースイエースリア充はレッツゴー! ホー! ムッ!!」
「センパイ、キャラがぶれてます。あと忘れてるでしょうが、ここは街中です」

 びしりと西(余談だが、徒紫乃の下宿があるのは東だ)を指差したマルギットに、徒紫乃は幾分蔑みの色を増した視線を向けて溜め息をついた。館長からして奇怪な図書館都市とは言えど、ここまでの奇行はさすがに目立つ。視線が痛い。通行人を見れば腹を抱えている中年がいた。カビの培養でも始めそうなマルギットから目を逸らし、徒紫乃は今更ながらに自身の人間関係を呪った。己の友人関係に疑問を抱かざるを得ないような人間は、果たして、充実していると言えるのか。
 どうだろう、と思わざるを得ない。

「ええいいんですいいんです先輩が幸せなら俺はたとえ男同士の棘の道でも応援しますしかしそれと恨めしいかは別ですリア充がリア充してリア充こじらせてリア充リア充リア充」
「センパイ、遅刻しますよ」
「リア充には非リア充の気持ちがわからない!」
「たとえ同じフィールドに立っていたとしても、俺にはセンパイの気持ちがわかる気がしません」

 誰か助けてくれる人はいないだろうか、と、徒紫乃はややうつろな目をして、なおも続くマルギットの呪いを聞き流し、あたりを見回した。助けてくれなくても押し付ける事ができればいいのだが、ちょうど良く前を歩いていた業務班の先輩は、中年によって水路へと蹴り落とされているところだった。南無三。アーメン。先輩は犠牲になったのだ。むしろあちらを助けるべきなのかとも徒紫乃は思ったが、上着の裾を掴まれて数十メートル先の惨状から視線を外す。見下ろしたマルギットはいたく真面目な顔をしていた。

「何ですかセンパイ」
「真剣な話、先輩って本当に刻雨さんのこと好きじゃないんですか? 好きでしょう? 好きなんですよね?」

 徒紫乃は首を傾げた。

「……で?」


 結論から言えば、徒紫乃とマルギットはその日の業務に遅刻し、そればかりか、熱を出して早退までした。リア充のろけかああああああ、と、マルギットがつかみかかったために、2人そろって水路に落ちたせいである。同情をあらわにしたエイベルと爆笑しているレイベリオによって助け出されたが、2人と同じく水路に落ちたはずのエイベルには風邪を引く気配すらなかったことは、全くもって余談である。





ライフログレトリック







(刻雨くんエイベルさまマルギットさますみませんでした)

12/01/30




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テーマ「人外ファンタジー」
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