ひとりきり | ナノ



(ユートピア篇 1章)






「この世の終わりみたいな顔してるな。珍しい」

 バルトはそう言って、徒紫乃の額にコップを置いた。もう秋も暮れ、薄くついている程度の水滴は額を濡らすには到らない。街頭販売で買ったレモネードらしい。透明なプラスチックと薄い黄色の向こうに青空が広がっている。徒紫乃は受け取り、大きく息を吐いた。

「……そんなに酷い顔してますか」

 その言葉にバルトは、いよいよこれは重症だな、と、答えは返さず控え目に笑むだけに留めておいた。空いていた徒紫乃の隣に座り、自分の分のレモネードを口に含む。少し甘味が強すぎて喉に堪えた。眉間を押さえながら隣を見れば、そのせいばかりではなく顔をしかめる青年が見える。

「そういや、刻雨はいないのか?」
「……別にいつも一緒にいる訳じゃないですよ。バルトさんまで何言ってるんです」

 まるきりいつだったかの刻雨と似たような口調で返されて、バルトの笑みは苦笑に近いものに変わる。ベンチに腰掛け直し、レモネードと一緒に買ったチュロスをさてどうするか、と見せれば、自分で食べればいいでしょう、とすげなく返され、苦笑はより深いものになる。それをバルトが酷いと評した顔で見てから、徒紫乃はおもむろに飲んでいたレモネードを膝に置いた。

「……バルトさん」
「どうした」
「……バルトさんは、」

 言いたい事は言うし、言うべきでない事はおくびにも出さない徒紫乃が言いよどむ場面を、バルトは初めて見たように思った。促すように首を傾げれば、ようやくもう一度口を開いた。

「ユートピアに行きたいと思いますか」
「思わない」

 即答だった。気の抜けた徒紫乃が、小馬鹿にしたような半目を更にすがめてレモネードをずるずる飲んだ。バルトは意味もなく間の悪い思いをしながら付け足す。

「俺がアガット・イアに住みだして何年だと思ってるんだ、150年だぞ、150年。今更なぁ」
「なんかもういいです」
「お前から訊いておいて、勝手だな。全く」

 しょうがない奴らだ、とバルトは笑う。奴ら、と複数形で言われた事を聞き咎め、眉尻をつり上げれば、「刻雨にも似たような事を訊かれた」と明かされる。徒紫乃は言葉も無く、バルトから目を逸らした。大きく大きく、息を吐く。

(あいつは、ユートピアに行きたがっていると思いますか)

 喉元まで出掛かった言葉を押しとどめる。バルトの言葉からは、刻雨が先祖帰りである事を彼が知っているのかどうか、読み取れなかったからだ。
 今朝見た資料――現在判明してる行方不明者の名簿の中に、自分の恩師の名前を見つけた事が、予想以上にきつかったらしい。理想郷だなんて馬鹿馬鹿しいと、一笑に付しそうなヒトだったから。そんなヒトでも。だから、あいつも。もしかしたら。
 全部、詮無いことだ。そう、徒紫乃は目を閉じ、苦々しい気持ちをまとめて、甘過ぎるレモネードと一緒に飲み込んだ。





どこにもないまち







(刻雨くんお借りしたようなしてないような)
11/11/05




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