ひとりきり | ナノ



(業務班とおっさん)





 秋期試験を目前に控え、戦場を通り越して地獄もかくやといった様相を呈しだした業務班の事務室。ノックもせずに入り込んだ男が、籠を片手に気楽な声をあげた。

「プレッツェル作ったんだけど食う奴いる?」

 ちょうど昼も過ぎおやつ時に差し掛かる頃、レイベリオは男性班員からの期待の眼差しをさくっと無視して女性最優先で配った。レイベリオはそのあたりぶれない。女の子たちには包んだものを手渡ししてから、適当な机に籠ごと置いて食えよと一声かける。

「カルたんお前の分ねぇから」
「うるっせぇ!」

 レイベリオはこのあたりぶれない。
 手元に残った包み2つ携え、慣れた足取りで書類の山をかいくぐる。後ろで叫んだ拍子に机に手をつき、揺らしてしまったためか書類の雪崩に潰されたエイベルがなんだか可哀想な悲鳴をあげていた。レイベリオは特に気にせずに、資料庫の中から目当ての2人を見つけ出して声をかける。

「新人、これやるから食ってちょっと休めよ」

 ぱ、と顔をあげたフォンとヌイに、レイベリオはプレッツェルの包みを渡した。本来なら飲食は禁止なのだが、いわゆる黙認という奴だ。わざわざ外に出て食事や休憩を取るのも惜しい、そういうワーカホリックの巣窟である業務班らしいとも言える。
 受け取ったヌイはほかほかとまだあたたかいそれを見て嬉しそうに顔を上げ、しかし気まずそうに耳を下げる。

「え、でも、先輩が食べてないのに頂く訳には……」
「カルたん?いーのいーのあれは、ああ見えて喜んでっから、Mだから」
「そうなんですか!?」
「違ぇ!ソースのないデマ流すんじゃねぇおっさん!!」

 事務室から叫んだ言葉尻に被さるように、ばさばさと鳥の羽音にも似た音がする。具体的に言えば、やっと脱出した書類の雪崩に再度巻き込まれるような、そういう音だった。ヌイの立ち位置から事務室の様子はわからない。わかっているレイベリオは外道な事に満面の笑みである。その笑顔のままでいいからいいから、と促され、ヌイは一口かじってみた。柔らかいタイプのプレッツェルで、なかにクリームチーズが入っていた。幸せな気分でむぐむぐ咀嚼していると、いつのまにやら食べ終わっていたフォンが分厚い本を片手に尋ねる。

「レイベリオさんは、エイベル先輩の試験勉強みていらっしゃと伺ったのですけれど」
「みてた。俺がみてたとは思えねぇ成績だったが。なに、訊きたい事あんの?」
「よろしいでしょうか」
「見せてみろ」

 後にエイベルが語って曰わく、今年度の新人2人を、レイベリオは割と気に入ってるらしい。その理由については「波長が合ったのと、男臭くないからじゃないですか」と適当に言っていた。真実は推して知るべし。ともかくも、男相手にしては丁寧にレイベリオが受け答えしている間に、ヌイがプレッツェルを食べ終わり、首を傾げて言った。

「あの、僕からも質問なんですが」
「何だ」
「エイベル先輩って本当にドMなんですか」
「おう」
「違ぇっつってんだろ何で蒸し返すんだお前ぇええ!!」

 キレて叫んだ事務室のエイベルの方から、また騒々しい音がする。苦労して積み上げた書類の塔が、崩れ落ちてきたような。そんな音だった。




定型雪崩






(はなぶささま宅フォンさま、入江さま宅ヌイさまお借りしました。408さま宅エイベルさま、ごめんなさい)
11/09/12




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