ひとりきり | ナノ



(熱月祭)




 きらびやかな祭の灯りからはわずかに隔たる場所。人の声が波打つように近付き、遠ざかり、しかし途切れず、閑静な住宅地にすら届くほど、街は活気に満ちていた。祭の夜は、まだ始まったばかりだ。夕方と言って差し支えない時刻、空には昼間の青が残る。家の庭で、アージュは街の中心部、そばだつ図書館の影を見上げた。

「よぉ奥さん」

 生け垣の向こうから呼ばれ、アージュは振り向き声を上げる。呼んだレイベリオは帽子を取って軽く頭を下げた。

「久しぶりだね! うちの旦那ならまだ仕事だよ?」
「へぇ? 美人な嫁さんと可愛い嬢ちゃんほったらかして、祭の夜に仕事たぁな」
「早く切り上げてくる約束さ。あとそう思ってんなら手伝いに行ってやってよ」

 けらっと明るく笑ってアージュは返した。路地に立つレイベリオも、帽子をかぶり直しながら笑っている。
 ふと、どこからか音楽が聞こえてきた。陽気なそれは祭を盛り上げるには相応しく、人の声がひときわ大きくなる。声のする方を2人して見やってから、そうそう、とレイベリオが向き直った。

「今日は奥さんに用事だ」
「おや、浮気の誘いならお断りだよ?」
「新婚さん相手にそこまで野暮じゃねーよ」

 冗談を言い合いながら、レイベリオは気安い仕草で手招く。アージュが寄れば、生け垣に隠れていた方の手をあげた。緑と黒の色も瑞々しいスイカが、古風なネットにくるまれている。結構な大玉だ。おや、と驚いた風のアージュにそれを差し出して、レイベリオが肩をすくめた。

「貰ったはいいが、独り身にゃあ食い切れねぇ量だからな。お裾分けだ」
「いいのかい?」
「いらねぇって言われた方が困る」

 おどけるように言ったレイベリオの笑い皺が深くなる。スイカを受け取ったアージュは、なるほどと頷いた。よほど身が詰まっているのか、かなり重い。持って帰るのは手間だろう。礼を述べて、アージュは「寄ってくかい?」と尋ねた。

「言ったろ、そこまで野暮じゃねーよ」

 ほら、と指差した先にはよく見知った人影。つられるようにそちらを向き、リザルドの姿を認めたアージュは身を乗り出して手を振った。祭の音楽と騒がしさを背に歩いてくるリザルドはそれに気付いて手を挙げようとして、レイベリオと目が合うなりややげんなりとした顔を見せる。一連の流れを見ていたレイベリオが至極愉快そうに笑った。

「てな訳だ、お暇するぜ」
「悪いね」
「なに、普段の礼さ。また今度寄らせてもらう」
「いい酒用意して待ってるよ」
「そりゃ楽しみだ」

 ひとしきり笑い合った所でリザルドが玄関口に着いた。何しに来た、と言わんばかりの目を見咎めて、アージュが「せっかく来てくれたってのになんだいその顔は!」と軽くどつく。その光景にレイベリオが派手に噴きだして、くつくつと喉を鳴らした。すっかり尻にしかれたものだ、とかつての同僚の肩を叩く。

「じゃっ、家族サービス頑張れよ、新婚さん?」

 明確にからかう口調で言われた言葉に、リザルドが据わった目で魔法書を取り出そうとし、察したアージュに先手を打たれ、しばかれた。すこぶる楽しげな笑い声が、遠い喧噪と折り重なって混ざる。祭の夜は、まだ、始まったばかりだ。沁みるように、流れるように、空の色はは暗くなっていく。




夜を散らかした





(りょうやさま宅リザルドさまアージュさまご夫妻お借りしました!)
11/08/21




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