ひとりきり | ナノ



(駅長会議)





「……暑いですね」

 フォンは息をつく。アガット・イア図書館の、空調設備は完璧だ。本にとって適切な温度と湿度に常時保たれている。材質や古さで相違はあるが、おおむね、普通のヒトがひんやりとしていると感じる程度が、本にとっての適温だ。更に言うまでもなく、湿気は本の天敵にほかならない。しかしあくまでも、本にとっては、である。いくらひんやりしていようとも動き回るヒトが密集していれば暑いし湿気てくるし機械が動けば熱が籠もる。そのあたりをアガット・イア図書館は、あんまり考慮していない。節電対策として空調設備が一律に管理されているので、細かい調整などできないのだ。
 要するに、アガット・イアで最もクレイジーな戦場、業務班の事務室は、今日も暑いということだ。

「だよね、せめて除湿機とか……」

 フォンのつぶやきに応えて言ったヌイは、途端小さく肩を強ばらせた。爆発テロと悪名高い事件の傷は未だに癒えない。主に事後処理の鬼のように山のような書類がのしかかってついた、心の傷が。そんなヌイに、フォンは励ますような笑みを見せて、新しい書類を一枚取った。山のようなというか、山そのものといった威圧感を呈する紙の束がそこかしこにある。フォンもヌイも手は休めない。どたばたと駆け回る班員達の足もとまらない。それから数分の後。

「おい新人、飯食ってこい」

 ささくれ立った空気を隠しもせず、リザルドは疲労の色濃い声でそれだけ言って、すぐ慌ただしく立ち去っていった。時刻はもう、昼を通り越しておやつどきにさしかかる。忙しさのあまり抜くことも覚悟していたのだ。たぶんリザルドはそれを察したのだろう。ヌイとフォンは少し顔を見合わせ、立ち上がる。さっさと食べて仕事に戻ろう。共通の見解のもとに部屋を出た。

「……あれ?」
「どうなさいました?」

 ヌイが声をあげたのは、一階へ降りる階段の踊場、窓辺のことだ。ちょうど図書館前広場を見下ろす位置で、かんかんと照りつく太陽が濃い影を落としている。立ち止まったヌイに、フォンは忘れ物でもしたのかと首を傾げたが、ヌイは慌てたように手を振って、窓の外を指差す。

「何でもないよ! あそこにオイレンシュピーゲルの駅長さまがいたから」
「ああ! ヌイさんはそちらの出身でございましたね。一緒にいらっしゃるのは……アラヤの駅長様ですね、駅長様方もお昼でしょうか?」
「そうかも。駅長さまたちも会議、大変そうだよね」

 広場のもう通りに近い場所、夏には目に優しくない制服を着込んだ影ふたつ。ヌイは感心したように耳を揺らしていた。実際のところは、暑いな全くだよねーあっあそこのお店の宇治金時アイス美味しいらしいよじゃあ食べに行くか、といったような、2人の想像よりはのんきな展開があったのだが。露と知らないヌイとフォンは尊敬の念すらこめて広場の影を見送った。そしてフォンは笑顔もさんさんとヌイを見て拳を握る。

「駅長様方も頑張っていらっしゃるのですし、これは私たちも気合いを入れませんと!」
「そうだね!フォン君がんばろ!」

 タイミングよく、お腹が鳴る。
 ヌイがしおしおと赤い顔を隠すように頭を抱え、フォンはぺたんこになった耳に苦笑して、「それでは急いで食事に行きましょうか」と、うなだれる肩を軽く叩いた。



なたとわたしが
乗れない列車





(title by ダボスへ)
(入江さま宅ヌイさま、はなぶささま宅フォンさま、りょうやさま宅リザルドさま、守宮さま宅バラドさま、amさま宅Cさまお借りしました!)

11/07/24




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