ひとりきり | ナノ



(刻雨くんとバルトくん)
(amとの合作*)






「そういえば、短冊には何書いたんだ?」
「何も書きませんよ。この歳になって」
「俺は書いたぞ。この歳だが」

 晴れた夕焼け空の下、多少呆れたような顔で刻雨はそうですか、と呟いた。

「そういえば、といえば、徒紫乃はいないのか」
「……別にいつも一緒にいる訳じゃないですよ。バルトさんまで何言ってるんです」

 何か変な事を言ったか、と首を傾げるバルトに、刻雨は少しばかり呆れをげんなりした表情にシフトさせて、それから肩をすくめる。
 まだまだ空は明るく、天頂に渡る天の川は地平線に近づくほどに霞む。しかしもう夜と言ってもいい時間帯だから、すぐひっくり返すように暗くなっていくのだろう。そこかしこの軒先に吊られた提灯の明かりが、暖かい色でそこかしこに飾られた笹の葉を照らす。バルトの家の軒先にも、小さい物ではあったが吊されていた。扉から半身を乗り出したままの状態で、バルトが「で、何の用だ」と言う。世間話が逸れに逸れて、そもそも刻雨が訪ねてきた理由を聞くのを忘れていた事に気付いたのだ。刻雨も思い出したらしく、ああ、と頷いて口を開いた。

「大家さんが、夕食どうですか、と」
「あー……そうだな、今やってる仕事済んだら行かせてもらおうか」
「徒紫乃君はそっち手伝ってるんですけど、あと1時間くらいかかると言ってましたよ」
「なら大丈夫か。そのくらいに行くからよろしく言っといてくれ」

 それじゃあ、とドアノブを引いてバルトは猫背を正した。それを引き止めるように、刻雨が小さく声を上げて呼びかける。

「バルトさんは何て短冊に書いたんです」
「そりゃ決まってるだろ『お前らが一人前になれますように』」

 そう言ってバルトは、どこかの館長を彷彿とさせる、意地の悪い顔で口角をつりあげた。


「意地が悪い顔をしてますね」
「お前には負ける」

 ち、と、舌打ちが聞こえてきそうな、思い通りにならなくて拗ねる子どものような表情を、一瞬だけ。見間違いだったかと思うほどの間だけ表情をかえた刻雨は、そのままいつもの人を食ったような表情にもどって一歩下がる。
 湿り気を含んだ風が笹を撫ぜ、輪飾りを揺らす。遠くでちりん、ちりんと鈴の音が聞こえた。この時刻になっても、夏の間はしばらくは暑さを感じずにはいられない。バルトは笹に向けていた目線を刻雨に戻し、微笑む。

「思いつかないなら、それでいいんだぞ」

 刻雨は、今度こそ明確に表情を歪めた。


「…………バルトさん」



 扉によりかかるような姿勢で、バルトは「どうした」と、刻雨から視線を外して応えた。はずされた先には、笹が一本揺れている。刻雨は黙して、バルトに倣いそちらを見た。幾枚か飾られた短冊の影がちらつく。静けさとともにあった少しばかりの居心地の悪さを、気にもとめないようにバルトが言葉を繰り返す。

「それでいいんだぞ。別に説教するつもりはないが」
「…………」
「好きにしたらいいだろう、――それでいいんだ」

 突き放すような、言葉ではあった。曖昧で抽象的で、いくらでも恣意的に受け取れるような。聞き手に判断を任せる物言いは、刻雨にとっては慣れないものだ。そこに理解と許容があればなおさらに。
 内側に溜め込んだ何かを、吐き出したくて吐き出せないような、吐き出したいのに吐き出したくないような、行き場の無さに歪んだ表情を、バルトは穏やかに見ていた。風は時折途絶えながら、緩急をつけて吹いていく。少しずつ涼しくなっていくのが肌で判るが、まだ過ごしやすいとは言えない程度。ひときわ強い風のあと、刻雨はいつもの顔をして、皮肉げに言った。

「願い事決めましたよ」
「ほお?」
「『バルトさんのお人好しが治りますように』」

 そりゃあないだろう、とバルトはそういう顔をした。それから呆れたふりをして、相好を崩し刻雨の頭をがしがし撫でる。刻雨はそれを嫌がるふりをして、結局、その手を振り払う事はしなかった。





オリオンは高く唄い






(濃い字am担当/薄い字蓮崎担当)
(special thanks* am)

11/07/10




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