ひとりきり | ナノ



(ときあだ/ただしCPではない)





 緻密な雨が降る。靄の粒をほんの僅かだけ大きくしたような、霧雨と呼ぶにも足りないような、群れて白く濁る水滴によって、夜空が柔らかく塗り込められていた。日付をまたいですぐの小路は、月明かりが全くない割には明るい。波打つ雨が、橙色した街灯の光を朧に拡散させているのだ。しっとりと潤って重たい空気の中、石畳の上を2人連れ立って歩く。

「正直、傘、要らないだろう」
「まあまあ」

 降る、よりは、まとわりつく、と言った方が的を射ている。それこそ霧が少しばかり下への指向性を持っただけ、そういう状態だったから、傘を差そうと構わずに服や髪が水分を吸う。徒紫乃は呆れた顔で、隣の刻雨に傘の持ち手を突き出した。

「どうしてもって言うならお前が持ってろ、お前のがでかいんだし」
「徒紫乃君小さいですしね」
「お前、が、でかいんだ」

 怨念を込めた目で徒紫乃が睨み、刻雨はそれを見下ろす。肩、とまでは言わないが、顎より下にある事は確かな目を見返しながら、傘を受け取った。小柄なのはまだ成長期の途中だからだ一族みんなこうだ、というのが徒紫乃の言い分だ。しかしたとえ10代の少年の平均を鑑みようとも徒紫乃は大きいとは言えないし、同じ一族の変態な方は刻雨よりも上背がある。(男に使う単語ではないにしろ)華奢と言えばまだ聞こえはいいが、はっきり言ってしまえば貧相なのだ。

「……何だその失礼な事考えてそうな顔は」
「徒紫乃君ちゃんと食べてますか?」
「お前と同じ物食ってる」

 呆れを飛び越え怪訝そうな顔で、徒紫乃は前を向いた。何だかんだ言って傘に収まるように歩いているあたり、彼らしいし、らしくない。ぼんやり考えながら、多分向こうも似たような事を感じているのだろう、とも思って、刻雨は自分の手には小さい傘を握り直した。濡れた石畳が一歩ごとに些細な水音を立てる。会話が途切れてしまえば、その音と、静かな雨の音、それから鞄の中の大量の石がこすれて打ち合う澄んだ音しかしない。不意に、じ、と街灯から、耳に障る不穏な音が紛れてきた。寿命が近いのか、瞬くような明滅を繰り返している。いつの間にか道は細くなっていて、水滴による拡散も行き届かず、ほの暗い闇の占める場所が増えてきていた。下宿は大通りから外れに外れた、街の南東、静かな住宅街の更に隅にある。
 小さなあくびと、そのせいで殺せなかったくしゃみをひとつずつ。徒紫乃が据わりの悪い目をして、刻雨の視線から顔を背ける。

「……銭湯であったまってくればよかったのに」
「馬鹿かお前は。確実に湯冷めするし、第一ゆっくり浸かれる風呂が家にあるのに、何でわざわざわんさか人がいる銭湯になんぞ」

 くしゃみで一拍置いてから、「お前だってそうだろう」と、徒紫乃が仏頂面で続けた。家、としゃくって示した場所は、もう数度角を曲がればすぐの所にある。刻雨は答えず、しかし頷いて、徒紫乃君小さいですしね、そう嘯いた。それは関係ない、と徒紫乃は刻雨を律儀に睨みつけ、それから呆れを交えて笑った。
 そうしてひそやかに、夜はさめざめと濡れていく。




一匙の雨粒






(旦那宅刻雨さまお借りしました!)
11/06/29




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