
懐かしい声。
愛おしい体温。
大切な誰かが私の名前を呼んでいる。
ふと、目を開くと見慣れた部屋の巨大なベッドに横たわっていた。
窓を見ると暗闇の中で水飴の雨がザアザアと音を立てながら降っている。
どうやら私は夢を見ていたらしい。
先程まで私を包んでいた温かな体温は消え失せ、何故か涙が溢れる。
見ていたはずの夢は思い出せない。
とても大切な夢だったはずなのに。
ベッドから降り、洗面所に向かう。
じっと鏡を見ると、目元が赤い。泣いていたからだろう。
見ていたはずの夢も思い出せず、最近の出来事も靄が掛かったように思い出せない。
無理に思い出そうとすると、頭が痛くなる。
ーーーズキンズキン
『・・・ッ!』
痛くなる頭を片手で押さえながらベッドに戻ろうとすると、部屋の扉が開いた。
この部屋に来る人は一人しか考えられない。
ーーーまさか
『・・・・・カタクリ・・様?』
「・・・あァ」
黒いファーとロングコートを羽織っている大柄の男性の姿に目を見張る。
その人は私の大切な人だった。
何週間ぶりだろうか。
プリンちゃんの結婚式だから城へ戻って来たのだろうが。
ドキンドキンと異常に胸が高鳴っている。
落ち着かせようと息を深く吸おうとするとカタクリ様の手が私の頬に触れた。
『・・・ッ!』
「・・・久しぶりだな」
五メートル以上の身長がある彼は、私の目線と合うように屈んで小さく微笑んだ。
先程までしていたファーとコートは外してある。
水飴の雨で汚れてしまったからだろうが、彼は人前でファーを取ることを嫌う。
カタクリ様は、耳元まで裂けた口と大きな牙のために子供時代にフクロウナギと呼ばれたりバケモノ扱いされたりするなどの辛い目に遭ったために口をファーで隠すようにしていたと話してくれた。
その彼が私の前では躊躇い無く素の姿を見せてくれている事に驚きを隠せない。
恋をすれば人は変わるというがそうなのだろうか。
「・・・変わりは無いか?」
見ていた夢を思い出す。
だけどただの夢。
意味なんか無い。
私は小さく首を左右に振り微笑んだ。
『はい』
「・・・・・そうか」
そういうとカタクリ様は切なそうに眉を寄せた。
彼を悲しませるような事をしたのだろうかと内心慌てると目元を指で撫でられた。
先程まで見ていた夢で泣いていたことを思い出し慌てて弁明する。
『違うんです!これは・・・夢を見て・・・』
夢の内容を思い出そうとすると、頭が割れそうになる。
蹲りそうになった身体をカタクリ様は両手で抱え、優しくベッドの上に降ろしてくれた。
『・・・・・有難うございます』
「・・・無理をするな」
無理などしていないのに。
彼に迷惑を掛けた自分に対して苛立ちと悲しさが込み上がる。
『なにも・・・思い出せないんです』
ポロポロと涙が溢れ落ちる。
肩を揺らして嗚咽するとカタクリ様は私を抱き締めてくれた。
体格差を考慮してか私の身体が壊れないように優しく私を包み込む。
記憶が霞んでいく。
これ以上忘れたくない。
私の大切な人達を。ポケモン達を。
「・・・無理に思い出そうとしなくて良い」
『・・・ッ!』
「・・・ユウナ」
ベッドの上に身体を押さえつけられ、慌てて目を開けると無数の牙と唇が私の唇を塞いだ。
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