その4、天根くんと
スイカ割り
皆で作ったお昼ご飯を食べ終わり、私は一人またぼんやりと海を眺めていた。
相変わらず海は静かに波の音を立てていて、嗚呼癒されるなぁなんて思っていた。
すると突然、ぬっ、と何かが視界を遮る。大きい真ん丸なスイカだった。
キョトンとなりながらスイカを持つ手の主を見てみると、何を考えているのやらよくわからない顔をしたダビデがそこにいた。
「……何?」
「スイカ、」
「うん、そりゃ見ればわかるよ。スイカがどうかしたの?」
「スイカ割りするって」
だから、呼びに来た。
抑揚のない声でそう言われた。
ダジャレ言わない時(いや寧ろ言ってる時もそうだけど)のダビデは基本的にあんまり表情やら声のトーンが変化しないので、反応に少々困ってしまう。
べつに嫌なわけではないし、苦手とも思っていないからいいのだけれど。
「スイカ割りはやりやスイカ? プッ、」
「アハハッ、ダビデ楽しそうだね」
「……楽しくない?」
「ううん、楽しいよ」
私の答えに安心したのか、ふんわりと優しく笑うダビデ。
たまに見せるダビデのこういう笑顔に私は弱い。
これが所謂ギャップ萌えか…なんて余計な事を考えた。
ダビデと一緒に皆の元に行く。
その間もダビデはずっとダジャレを言い続けていて、私はそれにずっと笑っていた。
ダビデのダジャレ、しょうもないけど面白いのだ。
「で? 誰がスイカ割るの?」
「んー……まぁせっかくだから、はい」
と、サエさんは私に目隠し用のハチマキとスイカを割る長い棒を手渡す。
えっ? 状況を理解していない私に、思い出作りにどう? といつもの無駄に男前な笑顔を浮かべてくる。
くそう、この天然ホストが。
こういうのはだいたい男子がやるもんじゃない? と言いたかったが、なんだか皆が盛り上がってるものだから何も言えなかった。
仕方ないとハチマキで目を覆う。
あっという間に視界は真っ暗。
こうして暗闇で一人目隠しをしていると、途端に自分一人という感覚になる。
皆の声が常に耳に入ってくるから平気だけど。
「よーし、」
棒を軸にしてグルグルと三周ほど回る。
見事にふらふらしながら、皆の声を頼りにスイカの元へと歩き出す。
右! とか、もうちょっと左! とか、皆の指示の通りにゆっくりと歩いていく。
「おーい! もっと右だ! もっともっと!」
段々とバネさんの呼ぶ声しか聞こえなくなった上に、明らかにスイカの位置から離れているような気がする。
目隠しをしているからほんとうにそうかわからないけれど、右に行きすぎているような…。
「……ねぇ、ほんとに右で合ってるの?」
「合ってる合ってる! ほらもう少し!」
バネさんがそう言うので少々疑問に思いながら右に右にと歩いていく。
太陽に熱された砂がジリジリと足の裏を焼いていくような感覚。
サンダルでも履いておけばよかったなとちょっと後悔した。
「あぶないっ!」
「えっ、わぷっ」
ゆっくりと歩いていると、誰かとぶつかった。
ぶつかった、というか…抱き止められたと言った方が正しいかもしれない。
何が起こったのかと思って目隠しを外すと、そこには大きなダビデの胸板。
見上げて見れば、ちょっと焦った顔したダビデがいる。
今の状況をいまいち把握できていないが、とりあえず事の原因はバネさんの声であろうという事はなんとなく察知する。
ついでにスイカからかなり離れていた。
ちょっとバネさん…? なんて振り向いてバネさんを軽く睨み付ける。
これじゃスイカ割りにならないだろうがという気持ちを思いっきり眼力に込めてみた。
そんな私の思いに気づいているのかいないのか、バネさんはカッカッカと豪快に笑っている。
「よっ、ご両人、お熱いな!」
ご丁寧に私とダビデを指差しながら笑うバネさんに、アンタは小学生かとつっこみたくなった。
普段兄貴肌な分、こういう子供らしい面を見せられると意外すぎてどう反応しようか悩む。
多分前もって剣太郎達には話をつけていたんだろう、ダビデと私には内緒だったようで……見事にやられてしまった。
「ちょっとバネさん、俺聞いてない…!」
「言ってないんだから当たり前だろ? いいじゃねぇか、いい思いできて」
けろっ、とした態度がなんとも憎めない。
べつに悪気があったりとかじゃないから余計にだ。
バネさんにはよくダビデとの事で散々からかわれているものだから、慣れたと言えば慣れたのだけれど。
ちなみに、私とダビデと付き合っているとか、私がダビデの事を好きだとか、そういう事は一切ない。
ダビデは好きだけど、あくまで可愛い後輩としてだ。
「全くバネさんは…ダビデごめんね?」
「大丈夫。……怪我ない?」
「うん、ダビデがいたから大丈夫だよ」
「……よかった」
ふんわり、ダビデがさっきみたいに優しく笑う。
こういう時にそんな顔されると、なんだろう、一瞬ドキッとしてしまった。
ちょっとバネさん逆効果だよ! と遠くで剣太郎の声がする。
お前らイチャつくなよ! ってバネさんに言われた、イチャついてはいないがそうさせたのはバネさんでしょうが。
「もうっ! はい、最初っからやり直し! 今度はちゃんとスイカ割らせてよね?」
ちょっとムッとした感じに言ってみると、わかったわかった、と皆が答える。
全く反省してないな…。
渋々スタートラインに戻りながら、ふとダビデの方に振り返る。
いつもの無表情ながら、顔がみるみると赤くなっていた。
あららちょっと、可愛いじゃないの。